勝手にブッククラブ開始

本って素晴らしい。私はデジタルやオーディオより実際本を手に取って読むのが大好き。私の脳みそは情報をプロセスするのに時間がかかるから文章を読んでは「ん?どう意味だ?」ともう一回読んだり、深い文章を読んだあとは脳みそに染み込ませる時間が必要で、感動したり覚えておきたい文章をハイライトするのも大好き。

美味しかったレストランを人にオススメしたくなるのと一緒で、感動した本は人に紹介したくなる。だから勝手に一人ブッククラブをここで始めることにした。

一冊目は私の大好きなヨガ本であり何度も読み返して全ページhighlightしてあるくらいの

ドナ・ファーリ
“Bringing Yoga to Life ~ The everyday practice of Enlightened Living” 

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ヨガのモチベーションが落ちたときにインスピレーションをもらう為に私が読む本。

3つのパートに別れていてパート1は”Coming Home”という題材。直訳すると「家に帰る」って意味だけどここでの「帰る場所」は「自分」もしくは「自分の体」。

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Donnaは最初のチャプター”We Begin Here”で何故ヨガをプラクティスするのか、を説明して「ヨガをプラクィスしたい!!」という気持ちに(私を)させてくれる。(以下にいくつか私の勝手な意訳でリストします)

どんな過去があろうとどんな自滅的行動をしている、もしくはしたことがある人でも日々のヨガプラクティスで自分が生まれ持った「良さ」に気づき、周りの存在の「良さ」にも気づくことができる。そして真の自分がどういう人なのか再認識することによって周りの存在との真のコネクション(つながり)を経験することができる。このコネクション(つながり)こそがヨガの中心(全て)なのだ。

No matter who we are of how long we have been entrenched in self-defeating behaviors, through daily Yoga practice we can become present to our own fundamental goodness and the goodness of others. Rediscovering who we really are at our core opens the way to experiencing our most basic level of connection with others. This connectedness lies at the heart of the practice called Yoga.

ヨガを真剣に、入念に、持続してプラクティスすれば誰でも落ち着きを持ち、ハッピーそして自由な気持ちになることができる。

What Yoga does promise is that through sincere, skillful, and consistent practice, anyone can become peaceful, happy, and free.

自分の考え方や行動に制限されてしまっているような人はヨガのプラクティスによって解放されることができる。

Anyone who has the intention to break through self-limiting and self-immobilizing thoughts and behaviors can and will find freedom through this practice.

人生に対して楽な気持ちを覚え始め、あらゆる変化に対しての柔軟性を持ち始める。新なるバイタリティーと鮮明さを経験し、それが家庭、仕事、そして世での関係に影響を持ち始める。

You start to feel a sense of ease with life, and you feel more able to adapt to change. You experience a new vitality and clarity that affect your relationship at home, at work, and in the world.

ヨガの動きやポーズをプラクテイスすることによって体に蓄積したストレスや緊張感を解放し、体の感覚が研ぎ澄まされ、体が敏感であると共に強くあり、変化に対応できるようになる。同時に私たちが生まれ持った呼吸のリズムと体の能力の関係を再認識する。

Through the practice of postures we release pent-up tensions that have accumulated in our body, and we further refine our physical senses so that we become sensitive, adaptive, and resilient. Simultaneously, we reacquaint ourselves with the cyclic nature of our breath and its relationship to the sensate wisdom of our body.

私が同感、感動した箇所を紹介したら長〜〜〜〜くなってしまうのでこれくらいにしておく。でもこれを読んで少しでもヨガのプラクティスへのモチベーションがアップすればいいなぁと思う。

この最初の章でDonnaが伝えようとしているのはヨガは「誰でも」プラクティスできるものであり、プラクティスする理由は決して目に見えるようなものを手に入れるためではないということ。

ヨガをプラクティスすると人生が突然ハッピーなことばかりになるわけではなく、上下する波を乗るサーファーのように人生の盛衰を逆らわないようになるということ。
“like a surfer out on the ocean swell, we start to align ourselves with the ebb and flow of  life rather than fight with it.”

そして体の動き、呼吸の行き来、人生の盛衰の背景には常に静寂があり、それにコネクトすることがヨガの経験なのだ。
“Gradually we begin to recognize that in between the ups and downs and the coming and going, there is a matrix of stillness that is the backdrop of all phenomena.

最後に、Donnaはこの本はヨガを通して超人的な技を得る方法などではなくて、日常生活で活用できることを紹介していき、ヨガを通して親切心と思いやりを持って生活していけるようになるのが目的でこの本を書いたと言っている。そして読者のみんながHOMEに帰ることができますように、と。
“The focus of this book is not on enlightenment as a means to transcendence, but as “enlightened everyday living.” I welcome you into the sacred science, art, and practice of Yoga. May your practice bring you home.”

 

Part 1: Coming Home  の第2章 Motivation: What Brings Us to This Moment?はまた次回!

 

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インテンション

昨日の「最後の結婚記念日」ブログを書きながら「こんなプライベートなことを発表していいのかい?」というコメントが頭をよぎった。

そういうときは私の大好きなOprah❤︎がよくいうintentionを思い出す。 (このブログを書いている意図はなんなのか? 知りたかったら→このブログのintention

インスピレーションaddictな私は、何にinspireされるかって人がvulnerableになって自分の体験を通して何を学んだかシェアしてくれたときだ。

自分の人生で辛かったとき悲しかったときを良い学びにして更にハッピーに、更にauthenticな自分に、更に強くなることができた話を聞くと私はと〜ってもinspireされる。

例えば10年前に爆発的ベストセラー本になり、Julia Roberts主演の映画にもなったElizabeth Gilbertの”Eat Pray Love”邦題「食べて祈って恋をして」は、著者が自分が離婚して心身共にボロボロになっているときに旅行しているときに感じたこと体験したことを書いた本。

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この本がここまでも世界中のいろんな人に影響を及ぼした理由はElizabethが全てを素直に書いたことによって全く同じ体験をしていなくても辛い、悲しい気持ちになっている人たちの励みになったんだと思う。

もちろん私のブログはそんな本に比べたら針の先っぽくらいの大きさだけど、このブログを読んで1人だけでもホッとしたり、励まされたり、inspireすることがあったらいいなぁと思う。

なのでこれからも私がinspireされること、人、なんでも紹介していきたいと思うし、自分の体験もシェアしていきまーす。

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こんまりにハマった理由

2015年もあと数日。。。私は今年を振り返ると本当にカラフルな年だった。

例えば、ひょんなことから始めた”100 days of Feeling Good Project”のおかげで良い思い出ができたり、出会いがあったり、なるほどAha momentが多々あった。
そのときのブログはここをクリック←

このプロジェクトを始めてたったの4日目には「気持ちが良い!」と感じるものだけ残そうと決めて洋服の整理をした。

いつもは「これはまだ着れるからもったいない」とか「これは誰々にもらったから。。。」となかなか手放すことができなかったり、決断することがむずかしかった。

それが今回は「気持ちが良い!」と感じるものだけ。。。と決めたら不思議なくらい何を残して何をlet goするか簡単に決断することができてスッキリした。

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するといつも私のクラスを受ける女性がこの日の私のfacebook postを見て「これはまさに私がオススメする本に書いてある方法だ」と言って、ずっとNew York Times Bestseller になっているこの本をプレゼントしてくれた。

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日本人女性が書いたこの本は前から知ってはいたけど読んだことがなく、せっかく頂いたからと思ってついに読みだした。

すると私はすっかりこの本が勧める「こんまりmethod」の信者になってしまい、ハマると止まらなくなる私はそれからしばらく眠るのも忘れて片付けたり洋服を畳んだりする日がつづいた。。。

実際片付け終わると確かに家が整理されただけではなく、気持ちも整理されたような感じで前だったら面倒に思えたことを進んでやりたくなったり、前より規則正しい生活になったりした。

ここでまたYOGAに結びつくんだけど、私がなんでこんなに「こんまり流」に惹かれたかと言うと彼女が「物ひとつひとつには魂が宿っているから整理するときにはテレビなど雑音が出るものは消し、物と対話するかのようにひとつひとつ手に取ってときめくものだけを残すように」と書いてあったことだった。

これを読んだとき私は「YOGAと一緒だ!」と思った。私はヨガをプラクティスするときはなるべく静かな環境で体のあらゆる部位と対話するようにじ〜っくり感じるのが気持ち良いし大好きだ。

物ひとつひとつに魂が宿っているなら自分の体の部位ひとつひとつに魂が宿っていないわけがない。私たちは毎日忙しく自分の体の部位ひとつひとつを「道具」のように使っているけれどこの「道具」は自分の魂が宿る「おうち」であり、その体に感謝の気持ちを送りながらじっくりと時間をかけてケアする時間は私はすごく大切だと思っている。

例えば今私は椅子に座ってコンピュータをにらめながらパチパチと文字を打っている。じっと私の姿勢を支えてくれている背骨や文字を読んでいる両目やキーボードを打っている両手や両腕。。。これらの体の部位ひとつひとつに「ありがとう」という気持ちを感じながらあとでじっくりストレッチをしたりゆるやかな動きをしてあげるのが私は自分の体を単なる「道具」としてではなくて自分の「大切な体」としてコネクトする方法のひとつだと思う。

私はこれからも「こんまり流」で家の片付けや整理をつづけるし、人にオススメしたい。そして自分のまた違う意味での「家」である自分の体との大切な対話の時間を持つことを是非是非オススメしたい!!

隠れていたビッ◯

“BITCH” は悪い言葉です。。。

なので決してこの悪い言葉を教えているわけではありません!!でも意味を教えると。。。

もともとは雌犬という意味だったらしいんだけど今では「嫌な女」という意味で使われる。動詞で使えば「文句を言う」という意味になる。

私が小さいときこんな言葉を言ったら滅多に怒らない私の父親が怒るような言葉です。


話は変わり、私は何故か15年前に “The Power of Now” という本を読んで自分の頭の中には常に無意識に「声」が流れているというのを知ってからその「自分の声」がどれが偽物でどれが本物なのかを見極めるのに完全にハマってしまった。

「私の頭の中は空っぽ!何も考えてないから」というコメントをよく聞く。私もこのvoices in my headの勉強をし始めるまでは頭の中は空っぽだと思っていた。でも実は頭の中の声がそれくらい完全に「自分」の一部になっているから全く気づかないのが普通だと思う。そしてだからこそその「声」に気づくのはと〜〜〜〜ってもチャレンジングなんだと思う。間違いなく私にはとてもチャレンジングだ。

普段日常生活で様々な出来事や人に対して無意識に反応しているのも実は自分の頭の中の声に反応しているものであり、この頭の中の声は多くの場合自分の過去の経験や環境によって作り上げられているものなのだ。

Michael A. Singerという人の “The Untethered Soul ~ the journey beyond yourself” という本ではこの頭の中の声を彼は「ルームメイト」と呼んでいるんだけど、まさにその通り!と思う。

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逆にこのルームメイトに気づいていないときは私のルームメイトがどれだけうるさいか気づいていなかった。。。だからある意味実は私の頭の中には何人かルームメイトがいると気づき始めたら辛かった。

数週間前にも私のライフコーチであるGageとのセッション中に私のルームメイトが「なんであんたはそんなに何でもスローペースなの?」とか「ほんっとにいつまで経っても成長しないよねぇ」と私をけなしていることを言うとそのルームメイトの名前は?と聞かれた。

考える間も無く直ぐに私の口から”I call her the BITCH”という返事が飛び出た。

そして不思議とそのルームメイトに名前をつけてから実はこのBITCHは思っていた以上にうるさいことにどんどん気づいた。そしていかにそのBITCHに私が振り回されていることにも気づいた。そして実はこのBITCHは私がかなり幼いときからルームメイトとしておつきあいしていることにも気づいた。そして実はこのBITCHの言うことを聞いていると周りの人に対してもBITCHな気持ちを持ったりすることにも気づいた。

こんなBITCHには「大嫌い!あっち行け〜〜〜〜〜!!!」と言いたいところだけど、Gageは逆にこのBITCHを拒否せずに「今までありがとう」とacknowledgeするようにと言った。なぜなら今まで一生懸命BITCHはBITCHなりに私を守ろうとしていたらしい。だから私は「ありがとう。ここからは私がtake overするから!」とBITCHをacknowledgeした。

15年も自分の頭の中の声を観察していて今になってこんなにもうるさいBITCHというルームメイトがいることに気づいたのにはびっくりだったけど、おかげで最近はBITCHの声が少しずつ静かになってきているような気がする。

だからこそ100日間プロジェクトの59日目はこの声に気づくことをその日のFEEL GOODにしたのだ。

https://www.instagram.com/p/72C2IFh30V/?taken-by=yvee118

これで完全にBITCHがおさらばしたわけではないからこのままプラクティスをつづけようと思う。。。

もし私のお父さんがこれを読んでいたら。。。何度もBITCHを繰り返して申し訳ない!! 🙂

表紙で決めないで

8年ほど前にヨガの200時間ティーチャートレーニングを受けることにしたとき、「教科書」として数冊本を買わなければいけなかった。そのうちの一冊がこの “The Yoga Sutras of Patanjali”だった。

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それまでもヨガをプラクティスしていたけどヨガスタジオに行って汗をかきながら体を動かすのが気持ち良いのがそのときの私のヨガだった。な〜んとなくヨガはphysical exerciseよりも深いものだとは知っていたけど特に勉強したわけでもなかったから、初めてこの本を買い表紙を見たときにはなんか宗教的な感じがしてresistanceを感じたのを覚えている。

ヨガマットの上で気持ち良く動くのはいいけど、なんかこういう宗教的な感じなのは。。。。と思いつつ、教科書だから読まないわけにはいかない。「宿題だから」とこの本を読み始めると古代のインドで使われていたサンスクリット語でごちゃごちゃ文字が書いてある。

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「うわ〜やっぱりこういう感じなんだ〜」と思ったけどやっぱり宿題だからと思ってこのサンスクリット語の訳を読み始めると。。。

内容が私がいつも好きで読んでいるような本と一緒でいかに自分のマインドによって自分の人生が変わるかというようなもので、しかも全然宗教的じゃなくてすごくapproachableな文章で実はすごくなじみのある内容だった。

この「ヨガスートラ」というのは実は本ではなくむか〜しむかしにパタンジャリという人(もしくは人たち)がヨガの教えを口頭で教えていたものを省略したような格言にしたのをまとめたもの。いろんな解釈のしかたがあるから「ヨガスートラ」と言ってもたくさんの人が自分の解釈で本を出版している。

「ヨガ」と聞くとヨガポーズを想像する人が多いけれど、このヨガスートラの内容をプラクティスするのこそ「ヨガプラクティス」なのだ。

だからこれからはこのブログで「ヨガスートラ」の内容を少しずつ(自分の勉強のためにも)紹介していきたいなぁ〜と思う。

英語で “Don’t judge a book by its cover” というidiomがある。意味は「外見で人の中身を決めない」なんだけど、このヨガスートラの本ではそのままの教えになった。表紙で決めないでちゃんと内容を読んでみないとどういう本か分からない!!

だから是非これからこのヨガスートラの紹介を楽しみにしていてください。

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歯間のほうれん草

両親は父の仕事の関係で夫婦生活ほとんどが海外生活であったが、今となっては父が生まれ育った岡山に住んでいる。しかも岡山のおじいちゃんおばあちゃんが住んでいた家に今は住んでいるので、未だにあの家に行くと幼い頃の思い出が蘇りおじいちゃんおばあちゃんの存在を感じる。

岡山に行くと楽しみにしているのがカフェ巡り。両親が住んでいる家から歩いて行ける距離にたくさんカフェがある。今回も両親オススメの Team Room Camellia に母親と行って楽しい美味しい時間を過ごした。

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そんなときに私が母に「私は頑固な人にだけはなりたくないなぁ。年取れば取るほどフレキシブルな頭にしていきたい」と言ったら、母が「ふっ」と薄い笑みを浮かべながら鼻で笑った。 「な、なに?」と聞くと母はまたニヤ〜っとしながら「Yveeは結構頑固なところがあるわよ〜」と言った。 それを聞いて私はすかさず「私は頑固じゃないよっ!!!!!」と頑固に否定した。そして頑固に否定したからその会話はそこで終わった。

でもその母の一言が何故かロサンゼルスに帰ってきてからも私の脳みその中で何度もこだましていた。そして「いやいや、だって私は昔からマインドの勉強をして自分の固定概念を崩していく練習をしているから頑固なわけがない」とまた頭の中で否定していた。

自分のことって自分が一番分かりにくい。

私の大好きなヨガ本である Donna Farhiの “Bringing Yoga to Life” でも最後のチャプターが “Blind Spot”(盲点)という題名で、車を運転しているとき隣の車が近くにいるとサイドミラーを見ても見えないのと一緒で自分というのは近すぎてなかなか見ることができないことについて書いている。

そして親しい人だからこそ自分のBLIND SPOTを教えてくれると。。。。しかもきっとそのBLIND SPOTが本当だったりすると人ってのは実は心の奥のお〜くでは分かっているからこそその現実をすごく否定する傾向があると思う(まさに私が母の言うことを思いっきり否定したように)。

だから「もしかして私は頑固なところがあるのかも」という可能性を少し頭にインプットしてみると結構「ハッ」と思える点が見えてきたりした。そして実は結構頑固な自分にショックを受けることはなく、そんな自分に少しでも気づけたことが嬉しく母に感謝した。

何故なら気づかなければ何も変わらないけど、自分で気付けばそんな自分のままでいたいのかいたくないのか自分で決めて変えていくことができると思うから。

そろそろ母に電話でもして「教えてくれてありがとう」と言おうと思っている。

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From “Bringing Yoga to Life” by Donna Farhi

“A friend who can tell us we have spinach between our teeth is a friend who should be rewarded with our thanks rather than our defense. Whether someone tells us, or we manage to see our blind spots on our own, it’s imperative to just allow ourselves to be with this revelation. We can create the necessary distance for seeing clearly by spending time with this information instead of reacting in the moment.”

「歯にほうれん草がはさまっているよ」と友人が教えてくれたら否定せずに感謝しよう。自分の盲点を人に指摘してもらったから気付こうと自分で気づくことができたとしても、大切なのはこの「発見」とちょっと時間を過ごすことだ。すぐ反応や反撃せずに時間を過ごすことによって少し距離を置いてもう少し自分の盲点を客観的に見ることができる。」

ドナ・ファーリの「Bringing Yoga to Life」本から

不完璧主義宣言!

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この前「ずっとprocrastinateしていたブログをアップするのがいつの間にか楽しみになっていた」と言ったけど、なんで楽しくなったのか大きな理由を発見したと思う。いや、ブログだけじゃなくて人生が楽しくなるコツにもなると思う。

それは「不完璧主義宣言」をすることだ。

決して自分で自分のことを「完璧主義者」だと思ったことは無かったんだけどある日なんでもズバっと飾らず言う友人に “you are a perfectionist” と言われて「はぁ〜?誰のこと言ってるの?」と不思議に思ったのを覚えている。

何故なら私は「完璧主義者」と聞くと戸棚を開けると何でもキチッと整理してあったりやるべきことはprocrastinateせずにテキパキこなすような人のことだと思っていたから。

そんなときにBrené Brownの “The Gifts of Imperfection”という本を読んで「なるほどぉ〜」と思った。

Brené Brownはこの本で「完璧主義」を以下のように定義している。

  • Perfectionism is a self-destructive and addictive belief system that fuels this primary thought: If I look perfect, live perfectly, and do everything perfectly, I can avoid or minimize the painful feelings of shame, judgment, and blame.

完璧主義とは「自分の容姿、生活、行動が完璧に近ければ近いほど恥をかいたり、人からの意見や非難を受けたときの嫌な気持ちを避けることができる」という考えからきていて、これを信じつづける限り実は自分をどんどん痛めつけ、どんどん完璧主義中毒になっていく。

  • Perfectionism is self-destructive simply because there is no such thing as perfect. Perfection is an unattainable goal. Additionally, perfectionism is more about perception – we want to be perceived as

完璧なんて存在しないから存在しないものには到達できない。だからこそ完璧主義でいることによって自分を痛めつけることになる。そのうえ、完璧主義というのは「人」からどう見られるかを気にしていることが多い。

  • perfect – there is no way to control perception, regardless of how much time and energy we spend trying.

どんなに時間とエネルギーを費やそうと人が自分のことをどう思うか、どう見るかをコントロールすることは不可能。

  • Perfectionism is addictive because when we invariably do experience shame, judgment, and blame, we often believe it’s because we weren’t perfect enough. So rather than questioning the faulty logic of perfectionism, we become even more entrenched in our quest to live, look, and do everything just right.

なぜ完璧主義は中毒になるかというと、必ず人生では恥をかいたり、人から意見や非難を受けたりすることがある。そのとき「自分がもっと完璧に近ければそれを避けることができる」と信じてしまっていると前以上に自分の生活、容姿、行動を完璧に近づけることを追求するようになるからだ。

  • Feeling shamed, judged, and blamed (and the fear of these feelings) are realities of the human experience. Perfectionism actually increases the odds that we’ll experience these painful emotions and often leads to self-blame: It’s my fault. I’m feeling this way because “I’m not good enough.

恥をかいたり人からの意見や非難を受けること(そしてそれを恐れる気持ち)は人間として生活している限り誰でも経験することだ。でも実は完璧主義でいるとこの嫌な気持ちを経験する確率がアップし、「自分に足りないところがあるからこんな気持ちになるんだ」と自分を責めることになる。


これを読んで鋭い私の友人が何故私のことを “perfectionist” と呼んだのかが理解できた。

別に「完璧」を求めていたわけじゃないんだけど、なんか「ちゃんとしていないと自分を世に発表してはいけない」ような気持ちはあった。

例えば「ヨガティーチャーなんだからポーズが完璧に近くないと見せることはできない」と思って躊躇したり、「Youtubeを始めるなら他のヨガの先生が見て何これ?って思われないような内容にしなきゃ」とか「起きたばかりで髪ボサボサだから突然訪問はお断り!」とか数えきれないほど新しい定義の「my完璧主義」ぶりが思い浮かんだ。

そこで「不完璧主義宣言」してからガラッと全てが変わったわけじゃないんだけど、ふとしたときに「人目」を気にして自分をこう見せたほうがいいんじゃないか、こういう風にブログを書いたほうがいいんじゃないか、こう見られていたらどうしよう、などと感じたり考えたり心配する自分に気付くようになった。

完璧を求めないからって努力しないわけでもないし、「私は不完璧だから」と逆に自分の不完璧さをアピールするように謙虚になるわけでもない。

Brené Brownが言うように「完璧」なんて存在しないんだから世の中み〜んな「不完璧」ということになる。だから「不完璧」なまんまの自分を自分で愛して世にシェアし、「不完璧」な自分を人がacceptしてくれれば最高だし、acceptされないならしょうがない。私は「不完璧」な自分をそのまま見せてくれる人が大好きだ。

不完璧な私の不完璧なブログを読んでくれてありがとう〜!!!

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記憶喪失から目を覚まそう

wake-up-and-live-your-life

 

Hiroが受けるYogaworksでのヨガティーチャートレーニングがついに今日始まった。

今日提出するための宿題を彼は今朝キッチンでパチパチとコンピュータに打ち込んでいた。最初の宿題は、何も調べずに自分の意見でヨガとは何か説明して下さいというもの。

私がティーチャートレーニングを受けたときも同じ宿題だったから懐かしい〜と思いながら、私が「ヨガとは。。。」という説明がたくさんあるなかでも特に好きな説明を思い出した。

Donna FarhiのYoga Mind, Body & Spiritという本に書いてある説明が以下:

“Yoga is a technology for arriving in this present moment. It is a means of waking up from our spiritual amnesia, so that we can remember all that we already know. It is a way of remembering our true nature, which is essentially joyful and peaceful.”

「ヨガとは自分が今この瞬間をフルに味わうためのもの。スピリチュアルな記憶喪失から目を覚まし、実は楽しくて平穏な自分が本来の自分(本質)だということを思い出すためのものがヨガ。」

というのが私の勝手な訳。既に奥にjoyful and peacefulな本質が潜んでいるんだから、その本質を覆ってしまっているものをひとつずつ剥がしていくのがヨガなんだなってこの説明を読んで思った。

本質を覆っているものや覆われている深さは人それぞれだろうけど、産まれてきてから人生で経験してきたこと、家族環境、生活環境で学ぶjudgmentやトラウマや思い込みが実は自分をハッピーで平穏な自分から遠ざけていることがある。

だから実は人生でLEARN (学ぶ)のではなくてUNLEARN(学びを忘れる)のが大切なこともたくさんあるんだろう、と思う。

私がUNLEARNしていることのひとつは心配。私の母が心配症だから母から学んだのか分からないけど前は結構心配性で「〜〜だったらどうしよう」と心配しても一切意味のない心配を昔はよくしてた。

ここ数年これをUNLEARNしているおかげで最近は大分心配性じゃなくなった。そして心配しなくなったおかげで昔だったら先のことを考えて心配している時間をTHE PRESENT MOMENT (今という瞬間)を楽しむ時間として使うことができる。

少しずつ記憶喪失から目を覚まして「私はJOYFUL and PEACEFULな人なんだ」というのを思い出そう!

 

 

だれに指さす?

私が「今年中に絶対キャンプに行きたい!」と言いつづけていたら、ついに2週間ほど前の週末に行くことになった。

私もHIROも計画立てるのが好きなほうではないので、数日前になっても行く場所は決めていない状態。「どうする?」と聞くと「俺にまかせといて」と言うから思わず「え?!本当に?」とビックリと心配と喜びの気持ちになり、何も聞かないことにした。

それとは関係無い話で私は最近ある人に “Conscious Loving: The Journey to Co-Commitment” という本を薦められて読み、すごくINSPIREされていた。

その本はRELATIONSHIPについての本でこれは夫婦だけでなく、両親、同僚、友人、どんな relationshipでもapplyすることができる。と〜っても簡単な説明をするとrelationshipには Co-Dependent relationship (お互い頼り合う関係) とCo-Committed relationship (お互い責任を持つ関係)があるという。

Co-Dependent relationship はお互いがネガティブパターンを無意識に繰り返すことにより成長がほぼ無く、相手をコントロールしたり、一生懸命相手に認めてもらおうとしたり、非難されることを避けようとしたりする。この関係だと喧嘩の内容はどちらが責任があるかという勝ち負けのようなものになる。

Co-Committed relationship はお互いが自分の人生に100%責任を持ち、共に時間を過ごすことによってお互いのエネルギーとcreativityがアップする。喧嘩になったら相手は関係無く、自分がどうやってその状況を持ち起こしたのか責任を持つ。

これを読んで私はもちろん「 Co-Committed relationship がいい!!!」と思い、そこへ到達するための7ステップというのを興味津々で読んだ。。。そのなかでも印象に残った文章が、

“It is much easier to point the finger away from rather than toward yourself.”

というシンプルなものだった。

さて、キャンプへ出発!!!とルンルン気分で当日の朝出かけ、HIROに指示するのが好きな私は「今回の旅ではお互いイライラすることがあったら相手にじゃなくて自分に指をさそうね」と言った。

そしていざHIROが行こうと思っていたキャンプ場に着くと。。。週末だからいっぱいで入れない、と。「このまま海沿いを走ってれば適当にキャンプ場が出てくるでしょ」と言うHIRO。私はのんびりしてられないと思い、携帯で近くにどんなキャンプ場があるか調べだした。2カ所くらい行ってみるがやはりいっぱい。。。また違うところにHIROが入って行くからキャンプ場チェックかと思いきや波チェックだった。。。

私の中でふつふつとイライラが無意識にでてきた。

そのイライラを素早く感じたHIROは「Yveeイライラしてる?」と聞かれ、その時はっ!!!!と「自分であんな偉そうなこと言っておいて無意識にHIROのほうを指さしてイライラしていた」と気づいた。

自分に指をさし、一体私は今のこの状況をどうやってつくりあげているのだろうと思ったら勝手に自分でイライラしていることに気づいた。最高の天気で最高の景色で、キャンプするのも大切な目標だけどそれよりも大切なのはHIROと「今」楽しい時間を過ごすことなんだと思ったらイライラがす〜〜〜っとひいていった。

ドライブを楽しみながらキャンプ場をまた探すと大きな池の真横に周りに誰もいない静かなキャンプサイトが見つかった。テントを張って、風を避けるために車のトランクでお料理をし、ござの上で陰ヨガをして夜はキャンプファイヤー、と最高に楽しい時間を過ごした。

そして自分に指をさすことのパワーを感じた貴重な short and sweet な旅となった。

 

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無意識に流れている自分の声

私がYOGAに出会う数年前。。。今から10年以上前に友人が突然「The Power of Now」という本を紹介してくれ、その頃私は特に本を積極的に読むほうではなかったんだけど借りてみた。何気なく読み始めたこの本が実は私のYOGA道の始まりだったと今になって思うし、私にすごく大きな影響を与えた。

この本を読んで WHAT??!?! とmind-blowing だったのが第一章のタイトルでもある “You are not your mind” という事実だった。それまでは自分の頭の中で無意識にポンポン浮かぶ声を自分とは隔てて客観的にみることなんてしたことなかったし、頭の中で考えることをそのまま鵜呑みにしていた。でも実は頭の中で流れている声は自分の過去や環境によって影響されているもので「本当の自分」ではない、ということを著者であるEckhart Tolleが説明する。

私はこの本を読み進んでいくうちに肩の荷がドッと下りていくような体の感覚があった。「そうかぁ、この頭の中で無意識に常に流れている色んな意見、心配事、後悔、などなど全部信じなくていいんだぁ」と思った。そしてこのような voices in my head に完全に振り回されないようにすることにすごく興味を持つようになった。

だからこそYOGAに出会い、YOGAは実はエクササイズだけではなく、頭の中のゴチャゴチャから自分を引き離すことによって本当の自分、そして周りの人や存在とのコネクションを深めるものだと知ってYOGAへの興味度がピーン!とアップした。

何故この本が “The Power of Now” という題なのかというと結局「今」に完全集中している時は「頭の中の声」が静かだから。歯を磨いていようと、ヨガポーズをプラクティスしていようと、楽器を弾いていようと、瞑想していようと、完全にその瞬間起きていることだけに集中しているときは「無」”Being” の状態なのです。

なかなか説明しにくいことだけど試しに自分の頭の中で流れている声を客観的に観察してみませんか?何度も何度も繰り返しながれる声、人や自分や状況をjudgeする声、過去を後悔したり将来を心配する声、などなど。。。。大切なのは分析せず客観的に観察することです。それとは逆に何かにすごく集中して頭の中が「無」の状態になる時はありますか?

“When you are present, when your attention is fully and intensely in the Now, Being can be felt, but it can never be understood mentally.”

– from “The Power of NOW” by Eckhart Tolle

 

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