ライフコーチ通い卒業

各週で3年通いつづけたライフコーチのセッションが8月で終了した。

ちょうど心の中で「そろそろ卒業してもいいかなぁ」と感じているときに私のライフコーチであるGageが引っ越しすることを伝えてきたのでタイミングがあまりにもピッタリでびっくした。

「卒業」のタイミングがピッタリだったのもそうだけど今となって考えればGageのライフコーチを受け始めたタイミングもピッタリだったなぁと思った。

3年前の私は外から見たらhappyに見えたかもしれなかったけど心の中はあまりhappyではなかった。なんか笑えるのは逆に外から見たら今の私のほうがunhappyに見えるかもしれない。

旦那と別れ、家族も近くにいなくて収入も少なく、もう少しで45歳というバリバリどっぷりおばさん/おばあさんの年齢。。。😅

Gageとの最後のライフコーチセッションで過去3年を振り返って気付いたのは、私が心底happyに感じるために必要なのはhonestyやauthenticity。。。いわゆる「正直でいること」「自然でいること」だった。

常にwork in progressなのでまだまだ正直になりたい部分はた〜くさんあるけれど、間違いなく3年前よりは心の中がスッキリしていて正直な人間になっていると思う。そしてその事実が今のhappinessにつながっている。

なぜ「そろそろライフコーチ卒業かな」と思った理由は、そしてなぜGageが素晴らしいライフコーチであるか気付いた理由は、セッションの度に私が自分の人生においてどういうことがつっかかっているのか、どういうところを変化していきたいのかを議題に出すとGageはいつも私の内にいるまた違う自分に導いてくれた。

つまり、常に答えは自分の内にあることに気づかせてくれて、どうやってその自分の内の自分にアクセスできるかを教えてくれた。

ときには今の私よりもずっとwiseな未来の自分からguidanceを求めたり、逆にguidanceがなく気持ちを閉ざしてしまっている子供であるlittle Yveeに優しく話してあげたり、と非常に貴重なツールを手に入れたような気がする。

外からのガイダンスも必要なときもある。でも自分の内にいるガイダンスは本当に貴重だと私は思う。それに気づかせてくれたGageには心の底から感謝している。
Gageのサイトはここをクリック

little yvee
ライフコーチのセッションで子供時代の自分に話すときに使った写真
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優しくなくていい

ここ数日アメリカで話題になっているのは多くの映画をプロデュースしたHollywoodではすごい力を持っている男性。数多くのセクハラをしていたことが今になって明らかになり、どんどん女性が「私もセクハラされた」と暴露し始めている。

たまたま今はこの男性が話題になっているけれど、このような話題はトランプ大統領ふくめ最近数多い。

別にセクハラが最近になって多くなったわけではなく、今になって明らかになっている件がたくさんあるということ。

一般的に女性というのは男性よりも「弱い」と見られ、さらにはsexualな目で見られて嫌なことをされたり言われたりするのが残念ながらとても多い。

さらに残念なのは多くの場合女性がこのようなことをされても相手や会社などにそういう行為をやめてほしい!と言うことがなかなかでき無いということだ。

女性は「優しいのがすてきな女性だ」「大人しいのがかわいい」という一般的ルールみたいなのがあって、多少嫌なことをされても「文句を言ったらよくないかも」とか「NICEにしてないといけないんだ」と言いたいことを言えないケースが多いんだと思う。

さらにはそういうattentionを男性からもらうことがもしかして良いことなのではないか?と思う場合もあると思う。

私もそう思ったことはある。特に若くて自分に自信がなかったり、人生経験がなかったり、良いアドバイスをくれるような人がいないときはそう思っていた。

「セクハラ」とはまた違うかもしれないけど、若いころに付き合っていた男性によく私の服装や態度について文句を言われては「自分を変えなきゃ」と努力をしたり、他の男性と話したり会ったりすることについてやたら束縛したがることを「私のことが好きだからだ」と思ったりしていた。さらには口喧嘩したときには頬っぺたを叩かれたことがあった。

その程度で済んだからこんなことが言えるのかもしれないけど、今となってはあの経験をしてよかったなと思う。何故ならnow I know…. NEVER again. あのような行動をとるような男性はもちろんありえ無いというのもそうだけど、自分がそのような相手を受け入れるような人に二度となりたくないというのもある。

困っているような人を助けたりするような「優しい」人間でいたいし、もっとなりたい。

でも嫌な人と思われたくないから、好かれたいから、という理由で「優しい」人間には絶対なりたくない。

最近話題になっているこのような男性たちが少しずつでも減るように私たち女性もどんどん強くなっていきたい!と思う。

うなぎ
若い時代の私と親友のひろみ

 

Limited time

One thing about being a dog sitter and not a dog owner… is that I know it is temporary. I take care of some dogs for a few days and some times a few weeks.

I fall in love with a lot of these dogs I take care of and some of them I see them many more times and some of them I won’t see them for a whole year or maybe never.

When I know the time I have with these dogs is temporary it makes me cherish the time I have with them. I want to pet them more, walk them a little longer, cuddle them tighter, or just stare at them and admire their cuteness.

Last week a dog I took care of for three weeks went back to his family. He was a handful but you can’t help but love this big labrador retriever that loves to be loved. Every time I would pay attention to him and pet him and scratch him he will shake his big butt and swing his thick tail and slap me with it.

When the owner came to pick him up she said “Oh, now he is going to be bored at home because we all tend to ignore him.”

This made me notice how I was soaking up his beauty because I knew I only had a short time with him.

But when you think about it, we have a short time with every thing and every body and a short time on this planet in this life time.

Everything is temporary.

It was a good reminder for me to cherish the things, beings, and the moments that I take for granted.

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他人の靴を履く練習

マッサージ学校に通ったときにすごく印象に残ったexerciseがある。2人のパートナーになり、一人が普通に歩いているのをパートナーの人がすぐ後ろをついて歩き、前を歩いている人と全く同じ歩き方を真似する。その人の姿勢、歩幅、ペース、全てを真似し、自分がどういう気分になるか観察する。

お互いにこのexerciseしたあとに、パートナーの歩き方を真似してどういう気分になったか、なにをobserveしたかを発表する。これは決して「相手がこういう人だ」と決め付けているわけではなくてあくまでも「自分がこういう気分になった」ということで発表するのが大切なのだ。

「元気が出た」とか「気分が落ちた」とか「自信を持っている感じがした」などなど。。。

英語で “Before you judge a man, walk a mile in someone else’s shoes”という表現がある。それは「人を自分の観点から決めつける前に相手の立場になって考えてみよう」という意味。

私はマッサージスクールでこのexerciseをしたときになんかすごく感動した。たったの数歩だけど前を歩いているパートナーの歩き方を真似すると当たり前のことなんだけど「あぁ、この人にはこの人独特の過去や人生があり、こういう歩き方になってるんだぁ」と感慨深いものがあった。

ヨガを教えているときも実際同じようにヨガポーズをするわけじゃないけど、「あの人の体にするっと入って同じようにヨガポーズをしたらどんな感じなんだろう?」と頭の中で疑問に思ったり想像することが多々ある。

もちろん完全に相手の立場になることなんてできない。でも想像をするだけでもcompassionateな気持ちになる。

人間それぞれ色んな育ち方、環境、生まれ持った独特の個性があって今に至っている。

これをマッサージスクールやヨガクラスだけじゃなくて日常生活でもpracticeできるようにしていきたい、と思う。

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私の場合ShoesじゃなくてSlippersでした

 

ミニマリズムに影響されて

Netflixで「ミニマリズム」というドキュメンタリーを見た。

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大企業で働いてたくさんお金を稼ぎ、良いモノをたくさん集め、いわゆる世間一般で言う「成功」をしたのに「幸せ」を感じることができなかった JoshuaとRyanという男性2人を中心に「本当に大切なモノは何か」を考えさせらえるドキュメンタリー。

彼ら2人は高収入の仕事を辞め、「ミニマリズム」をpromoteするために小さなバッグひとつに持ち物を入れて全国をツアーする。

どんどんモノが増え、モノに埋もれている今の時代、実際私たちはもっとハッピーになっているのか?モノを買うために、良いライフスタイルをするために本当に大切な経験やコネクションを失ってしまっているのじゃないか?という問いかけをし、考えさせらる。

この2人が全国ツアーをしているときに数名しか彼らのトークを聞きに来てくれなかったとしてもpassionを持って話し、参加者をhugし、正直な笑顔を見せる彼らがとっても素敵に見えた。

モノだけじゃなくて「過度の刺激」が多い今の世の中では “less is more”が必要なプラクティスであり、私はこのドキュメンタリーを見て「陰ヨガは体のミニマリズム」だな、と思った。

ヨガASANAをプラクティスしているときも「過度の刺激」を求めることがある。強いストレッッチの感覚を求めたり、だらだら汗をかくことを求めたり、音楽がないと物足りなかったり。

陰ヨガでは脱力することによってストレッチするから多くの場合筋力を使ったときのような「強い刺激」ではないことが多い。不思議と脱力すればするほどストレッチの刺激感覚が強くなることはあるけれども、逆に脱力すればするほど刺激感覚が弱くなっていくような感覚があるときもある。

ミニマリズムで余計なものを減らしていくのと一緒で陰ヨガでは余計な力を少しずつ減らしていく。だから私はこのドキュメンタリーを見て「陰ヨガは体のミニマリズムだ!」と更に共感した。

今月私はミニマリズムチャレンジを姉と一緒にしている。それは今月毎日ものをどんどん減らしていくこと。6月1日だったら1個、6日だったら6個、今日は12日だから12個、最後の30日は30個、とどんどん減らすものが増えていくのだ。

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12日に減らした12個のモノ

ちょっと前にコンマリに影響されて大分ものを減らしたから「これ以上減らすモノなんてない!」と思ったけど意外とあるものだ。。。

まだ12日目だけど気付いたのは「ギフト」について。人からモノをもらったり、モノをあげたり。本当にその人が必要なものならあげたいけど結局ゴミになったり、「捨てたら悪いな」と思って家の中のごちゃごちゃのひとつになるようなモノだったらあげたりするのは止めたいと思う。

その人が使うならソープやキャンドルなどの消耗品だったり食べるものがいいいのでは?あとはこのミニマリズムのブログに書いてあった通り (ミニマリストブログ)モノの代わりにexperiences (経験)をギフトするのはどうだろうか?コンサートやミュージカルのチケットだったり、一緒にご飯を食べに行ったり、美術館に行ったり、携帯を一切見ずに語る時間を持ったり、などなど。。。

私はこれからは人にマッサージをギフトするようにしようかなぁと思う。いかが?

裸の人からシャツを借りないように

この前お母さんがうちに遊びに来たときに「一人でこの家は大きいよね。寂しくないの?」と聞かれたとき即座に「全然寂しくないよ」と答えた。

んが、「寂しいときはたくさんあるけど寂しくない練習をしてきて今となっては一人の時間を大分楽しむようになった」というのが正直な答え。

夫も子供もいなくて家に一人だと本当に「自分のため」にご飯を作ったり家を掃除したりする。

YOGA ASANAのプラテクィスも一緒でクラスで先生の指導のもとではなくて家で一人でプラクティスすると本当に「自分のため」のプラクティスになる。

一人の時間が多いと自分の頭の中の「独り言」もすごく気づく。そして自分に対するnegativeな言葉に気づくと変えるようにしている。

「私って一人で寂しい人だ〜」って思う自分の頭の中の声に気付いたら「やった、一人だから自分のために自分が食べたい美味しいもの作って食べよう!」という声に変えたり、ゆっくり自分の体の声を聞くintentionでYOGA ASANAプラクティスをしたり、瞑想をする時間を持ったりすると自分への愛情を注いでいるような感じがする。

人と話しているときも「私バカだから」とか「どうしようもないから」みたいな言い方も言わないようにするだけでも全然違う。

こんな風に自分に愛情を注いだのは生まれて初めてなような気がする。

この前本を読んでいるときにこのQUOTEが紹介されていてすごく印象に残っている。

I-don-t-trust-people-who-don-t-love-themselves-and

「裸の人がシャツを貸してくれようとしたときは注意しろ」
自分のことも愛せない人は他の人を愛することができないから気をつけろ、といような意味。

今になって考えれば前は自分に愛情を与えてない分もヒロに愛情を求めていたし、まさに「裸の自分がヒロにシャツを渡そうとしてた」んだなぁ〜と気付かされた。

最近よく周りの人に「新しく彼氏とかつくらないの?」と聞かれるんだけど今は自分が自分の恋人なのだ!あとは犬が最高の恋人!あとはもちろん家族と友達がいれば I AM HAPPY 😆

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あしゅたんG

私がやっているdog sittingビジネスは、実際犬を預かる前に”meet and greet”といって犬そして飼い主とのお見合いみたいなのをして相性が合いそうか判断する。

この前あまり犬の扱い方が分かっていないような男性がすっご〜くかわいい子犬をつれてきて「最近離婚して寂しいから犬を初めて飼った」と言っていた。

それを聞いて私はこの前読んだHABITSについての本に書いてあったことを思い出した。人間は結婚、子供が産まれる、離婚、家族や友人の死、病気、引っ越しなどのsiginificant eventがあったあとはHABITSが変わるということ。

ヒロは私と別れてから毎朝ヨガスタジオに通ってMysoreスタイルのアシュタンガヨガをプラクティスしている。このヨガは決まったシークエンスを覚え、先生の指導のもと自分で自分の呼吸に合わせてプラクティスする。朝の6時〜8時の間だったらいつでもクラスに行って自分でプラクティスをし、終わったら勝手に帰るというクラス。

アシュタンガヨガは多くの人がプラクティスするVINYASAフローヨガの元となっているもので、最初から最後までシークエンスをしたらかなり体力を使うハードなヨガ。でも自分の呼吸に合わせてやるし、先生もほぼ話すこともないので静かな部屋で行う集中力を養うようなヨガだ。

ヒロは毎朝会社に行く前にアシュタンガヨガをプラクティスし、スタジオから会社に向かっているので夜はいつも早く寝ているそうだ。

私とヒロがまだ一緒に暮らしていたらヒロは絶対にアシュタンガヨガに毎朝行くなんてことはなかったと思う。「一人で暮らすようになって何か自分で自分のことが好きになるようなことがしたいから」とヒロは言っている。

そう考えると私のHABITSは何が変わったのかなぁ〜と考えさせられる。間違いないのは一人になってなかったらこんなdog sittingビジネスなんて始めてない。毎日犬の散歩をし、犬の面倒をみるのは私の仕事であると同時にJOYをたくさん頂ける時間だ。これは嬉しい変化だ。

でも夜は遅くまで起きているようになったし、そのせいで朝も余裕の時間があまり無い生活が私はつづいている。。。。私もこのHABITは是非変えたい。変えられる。変える!

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私の大好きな犬のうちの一匹Hobieと。

 

 

変えたい癖は変えることができる

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5月に入りデトックス終了!WOOOOHOOOOOoooooooo!!

最近 “The Power of Habit” という本を読んだ。リサーチによると日常生活で行っている行動の約半分はその時の判断やチョイスではなく、繰り返し繰り返し行うことによって何も考えずに行う習慣や癖になっているらしい。

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私はよくヨガを教えたあとに気づくとスタバでラテを買っていることが多々あった。しかも注文するときも”tall soy chai no water”と自動的に言葉を発している。特に「飲みたい!」と思ってないかもしれないのにある意味これが癖になってしまっていた。心のどこかで「お金使いすぎるしゴミになるし」と買いたくない気持ちがあるのに気づくと車がスタバの駐車場にいる。コンピュータを眺め始めると口寂しくなってスナックを食べまくっている。

こういう無意識な癖を変えたい、というのが今回の長期デトックスの目標だった。デトックス完了した今の感想としては大分効果があったと思う。ふと「ラテ買いたい」とか「菓子パン食べたい」という考えが頭をよぎるけどそれに気づいて本当に飲みたいのか食べたいのかそこでconscious choiceをすることができるようになったと思う。

別にこれからは一切ラテや菓子パンなどを禁止するつもりはないけど「癖」で食べたり飲んだりしたくはない。バランス良く飲み食べし、飲み食べしたときは罪悪感なく美味しく味わいたい😋

嬉しいのはデトックスのおかげで節約になったし、家で作るシンプルご飯がとっても美味しく感じて「外食したい」という気持ちが前よりも全然減った。

が。。。

今週の土曜日にはmy favorite 寿司レストランに予約が入っています。WOOOOOOOHOOOOOOOooooooo!!

 

無制限食いの日本滞在後

日本に行っている間は「美味しいものを無制限で食べていい許可証」を自分に与え、とにかくよく食べた。

ロサンゼルスに住んでいると「〜が食べたい!」と思ってその場所に行かないと食べることができないけど、日本では電車に乗ろうと駅に向かっている間に左右に美味しそうなものが並んでいて、駅に入れば同じく美味しそうなものが、そして目的地である駅に着くとまた美味しそうなものが。。。と常に美味しそうなものに追いかけられ誘われているような気がして誘惑が多すぎた。

今回の日本滞在で楽しくて美味しかったのは岡山。両親が住んでいる家から歩いてすぐの距離にたっくさん美味しいレストランやカフェがあるから毎日毎日お母さんが私のカフェ&レストラン巡りに付き合ってくれた。

 

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もちろん母の美味しい手料理も毎日腹パンパン以上になるまで食べていたので満腹中枢が完全に麻痺した状態でロサンゼルスに帰った。

するとプチ鬱病になっている間ハッと気づくとコンピュータを見ながらバクバク無意識食いをしていて食べ物で気持ちを詰め込んでいた。せっかく美味しいものを日本で楽しんできたのに味わうこともせずの無意識食いはもったいないし、体にも心にも悪い!と思い4月いっぱいは自分流のデトックスをすることにした。

砂糖、パンやパスタなどの小麦粉類、米、乳製品、卵、肉、魚を全部やめて食べるのは基本的に野菜と果物に豆類など。毎日chia seedやhemp seedが入ったグリーンジュースやスムージー、豆やquinoa入りのサラダを食べている。

無理をするつもりはないから体の調子を見ながらやっているんだけど今のところすこぶる調子が良い!体は軽くなり、満腹中枢の麻痺状態も少し治ってきて気分も良い。

完全に大食いがクセになってしまっていたからたま〜に頭の中でEvil Yveeが「パン一枚くらいジャムのせて食べちゃえ!」と囁いてくる。その度にブルブルっと頭を振って5月に入ってからはクセで無意識大食いをせずに味わって食べたいものをバランスよく食べることを楽しみにしてEvil Yveeの囁きを無視している。

やっと今日で折り返し地点。。。あと半月!と思うとマフィンが食べたくなるから1日ずつやっていきます😅

 

花粉症のち曇りのち晴れ

日本から戻って既に1ヶ月が経った。

ロサンゼルスに戻って久しぶりに友人や生徒に会うと「日本はどうだった?」と聞かれる。その度に私は「とても良かったけど最後の10日間は花粉症のオブラートに包まれた日々だった」と答えている。

8歳くらいのときから悩まされている私の花粉症はかなり重症で誰とも話したくないし何もしたくなくなる。日本にいた最後の1週間くらいはくしゃみと鼻水の攻撃にあって夜も眠れない状態だった。

なのでロサンゼルスに戻って来て何が一番嬉しかったって花粉症から逃れることができたことだ。

母も日本からロサンゼルスに来て2週間滞在する予定が、途中参加するはずの父が高熱になり入院し、胆石があるということが判明したので急遽5日間滞在だけで日本に帰ってしまった。

楽しみにしていた両親との時間が無くなったのと突然一人になったのと時差ぼけとの色んなコンビネーションでその後プチ鬱気味になった。たまになるプチ鬱だけど、鬱になることが「良くないこと」と無意識に感じていることによってその罪悪感が鬱をさらに深めるような気がした。

天気も雨が降ったり曇ったりすると「天気が悪い」と言われ、晴天だと「天気が良い」と言われる。でも一年中晴天だったら困る。晴れたり曇ったり雨が降ったりすることによってバランスがとれているのだ。それと一緒で毎日毎日ハッピーハッピー😃 なんてのはありえない。だから今回のプチ鬱を十分満喫し、人にも「今プチ鬱ぎみだから」と伝え、無理な😃 をやめた。

そして今は晴れ!!外も晴れているし気分も晴れていてまたロサンゼルスでの生活を楽しんでいる。そして花粉症のない生活に感謝をしている。

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母と一緒に行ったハイキング