ハッピー交換

一昨日Trader Joe’sでお買い物をしに行き、お花セクションを通ると私の好きなカモミールのお花があった。「買おうかな〜」と手に取り、たかが$3.99だけど「やっぱり今月はたくさんお金を使いすぎたから節約しよう」と元に戻し、買い物をつづけた。

カゴに必要なものを入れてレジに並ぼうとするときにまたカモミールの花が見えて、「やっぱり買っちゃえ!」と手に取りレジに並んで順番を待っていた。

すると私の後ろにたった2品のものを手に持って並んだ女性がいたから “you can go in front of me”と私の前に並ぶように言ったら “that’s so nice of you”と喜んでくれた。

自分が『良いこと』をしたつもりでもその相手が必ずしも喜んでくれるというguaranteeは無い。もちろん喜んでくれたら嬉しいけど、もし喜んでもらえなかったとしても自分がそうしたほうが気持ちが良いからしているし、その良いことをしたことに対しての『ご褒美』が後々、もしくは来世でくるかもしれない。

でもやっぱりこうやって直接相手が嬉しそうにしてくれると気持ちが良い。

しかも!この女性は自分のものを払うときレジの人に “I’m gonna pay for her flowers because she let me go in front of her” と私が悩んで買うことにしたカモミールの花を払ってくれた!!

嬉しそうにしてくれただけでも私が嬉しかったのにお花を買ってくれるなんて最高に粋なことをする女性で私は1日ハッピー気分になった。

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クレイジーの小出し

数日前うちの近くにある大きな公園で犬の散歩をしていると、野球場の芝のど真ん中に小さな子供が仁王立ちして「きゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」と大口開けて大声で叫んでいた。それを見て私は「気持ちよさそうだなぁ」と思うと同時に、「子供はあぁいうことやってもなんとも思わないけど大人がやったらなんで頭がおかしい人かもって思われちゃうのかな」と疑問が頭に浮かんだ。

子供を育てている親は大変なんだろうけど子供のいない私は子供が叫んだり走り回ったりcrazyなことをしているのを見ると「自由でいいなぁ」と思うときがある。

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大人になればなるほど周りの目を気にし、crazyな部分を隠したり押し殺したりしなければいけなくなる。でもたまに「きゃ〜〜〜〜〜〜っ!!」と叫んでcrazyを小出ししないとcrazyがたまりすぎて嫌な意味でのcrazyになったり病気になってしまうような気がする。。。のは私だけ?

私はたまに車の中で狂ったように「きゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」と叫んだり、家で犬たちと狂ったように踊りまくったりしてcrazyの小出しをする。

自由に踊ったり、歌ったり、楽器を弾いたり、アートを描いたり作ったり、などもある意味良い意味でのcrazy小出しと思う。

良い意味でのcrazy小出し。。。しましょう、しませんか?

 

 

ビー・エル・ティー・エヌ

BLTN ~ Better Late Than Never

日本語に訳すと「遅れてでもやるほうがやらないより良い」というような意味かな。いろんなことに遅れる私はよく使う言い回し。

1ヶ月ほど前に両親が遊びに来てくれているときに勉強熱心なお母さんは、私が “better late than never”と言ったら「ん?なんて言ったの?あ〜そう言う言い方ね」とその後も何度か練習していた。たったの1週間の滞在中も熱心に中国語を勉強するお母さんのenthusiasmに私は感心させられる。

そんなお母さんと私の家のキッチンの片隅にあるスペースでお話をしているとお母さんのお母さん、つまり私のおばあちゃんの話になった。

おばあちゃんはちょうど私が大学受験の頃に68歳で亡くなった。

未だによく覚えているのは早朝私が2階にある自分の部屋で眠っていると、下のキッチンからお母さんが泣く声で私は目が覚めた。何故かそれを聞いた瞬間「おばあちゃんが亡くなってしまったんだ」と分かった。キッチンに行くとお母さんはおばあちゃんに持って行こうと思って大好きな五目ご飯を朝早くから起きて作っていた途中だった。

私もおばあちゃんが亡くなってもちろん悲しかったけど、18歳だった私は経験したことのないお母さんの悲しみを目撃してショックでどうすればいいのか分からなかった。その悲しみに突っ込んで行くのがなんか怖い感じがしたんだと思う。

だから今になって振り返ると全然お母さんのことをサポートしてあげなかったことに気づき、それを後悔している。

私が大好きなお母さんが亡くなったら想像しただけで全身が痛くなるから想像したくないのに、そんな経験をしたお母さんに対してあのとき何もサポートできなくてごめんね、と今回お母さんに伝えた。

するとお母さんは「今になってそうやって気づいたの?それだけでも嬉しい」と言ってくれた。

そしてお母さんも自分のお母さんが生きているときに「色々と大変だったね」と言ってあげて感謝の気持ちを伝えることができなかったことをすごく後悔している、と涙を浮かべながらシェアしてくれた。

そんな母の気持ちを聞いて私は「お母さんが今そう思っていることをおばあちゃんは絶対ゼッタイ分かっているし感謝しているし嬉しく思っているよ」と言った。そして本当にそう思う。

Better late than never.

その人が生きていようが亡くなっていようが後悔しているようなこと、今更言ってもしょうがないかな、と思っていることがあったら伝えると良い!と私は思う。

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おばあちゃん、母、姉との写真

遠距離親友愛

この前大親友ヒロミが双子の息子を連れてわざわざ日本から遊びに来てくれた😊

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私が日本に行ったら必ず会ってるとはいえ、バリバリ仕事しながら子育てもして忙しいヒロミなので一緒にご飯を食べるかヒロミの家に1泊させてもらうくらいの短期間しか会えない。

だから今回みたいに数泊うちでゆっくりと時間を過ごし、初めてヒロミのかわいい息子たちとこんなにも密な時間を過ごし、子供達が寝たあとにヒロミと一緒にヨガったり語ったりする時間は本当に本当に本当に本当に貴重な時間だった。

大学に通い始めた1日目から大の仲良しになったヒロミ。。。

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そのときからバイト先が徒歩10秒の近さだったり、お互いの家にお泊まりしまくったり、彼氏の話で泣いたり笑って盛り上がったり、飲みに行ったり、旅行したり。。。と色々経験し、私がアメリカに引っ越してからもお互いまた別々に楽しいこと辛いことの人生経験をし、未だにこうやって親友でいる。

今回ヒロミと話していてヒロミが「いやぁ、でもYveeは昔に比べるとしっかりしたよね〜」と突然言った。私は未だに全然しっかりしていないと思っているから半分びっくり半分喜んで「え?どういう風に?」と聞くと「Yveeは昔は思いっきり時間にルーズだったし、勉強は一切しなかったし、パチンコやゲームばかりしてた」と言われた。

覚えていたとはいえヒロミにそう言われて「が〜〜〜〜ん」とショックだった。「そうだった。。。私ってそんなに適当な人だったんだ。。。」と。

「今はこうやってヨガの勉強したり、家の片付けなどして昔に比べて本当にしっかりしたよ」とヒロミに言われ、「そうだな、すんごく徐々にであるとはいえ確かに私は成長しているんだ!!!」と励みになったと同時にもっと成長したいというmotivationにもなった💪!!!

ヒロミは背が高くスラッとしていて「マダム!」と呼びたくなる素敵な女性らしい格好をしていて計画性バリバリで一生懸命頑張るタイプで私とは正反対。

そんなヒロミと私が大親友でいられる理由は気が合うってのはもちろんだけど、お互いがお互いに正直になんでも言い合うことができて、お互いがお互いにその正直に言われたことを素直に受け入れることができるからだと思う。

ズバリ本音を言って「なんでそんなこと言うの?!」と怒ったり、言ったことが伝わってないな。。。と感じることがない。

今回の滞在中もヒロミが帰る前夜に今の私にはとても必要なことを伝えてくれた。痛いところをついているからこそ私にはとても必要な言葉だったし、心に響いたし、励みになったし、何よりもヒロミの愛情をすごく感じた。

いわゆる「優しい言葉」ばかり言ったり、相手が傷つく言葉を避けたりするのではなく、正直な意見を言ってくれたり私本人では見えないことをpoint outしてくれる親友がいることに私は今回改めて感謝感激した。

楽しい時間を過ごしたあとは悲しい別れ。。。ロサンゼルス空港で泣き泣き😭別れたあとはもちろんさみしかったけど未だにヒロミたちと過ごした時間、そしてヒロミの言葉を励みに私は更にやる気を出して一人で生活していこうと決心させてもらえた。

💛 You ひろみ。

裸の人からシャツを借りないように

この前お母さんがうちに遊びに来たときに「一人でこの家は大きいよね。寂しくないの?」と聞かれたとき即座に「全然寂しくないよ」と答えた。

んが、「寂しいときはたくさんあるけど寂しくない練習をしてきて今となっては一人の時間を大分楽しむようになった」というのが正直な答え。

夫も子供もいなくて家に一人だと本当に「自分のため」にご飯を作ったり家を掃除したりする。

YOGA ASANAのプラテクィスも一緒でクラスで先生の指導のもとではなくて家で一人でプラクティスすると本当に「自分のため」のプラクティスになる。

一人の時間が多いと自分の頭の中の「独り言」もすごく気づく。そして自分に対するnegativeな言葉に気づくと変えるようにしている。

「私って一人で寂しい人だ〜」って思う自分の頭の中の声に気付いたら「やった、一人だから自分のために自分が食べたい美味しいもの作って食べよう!」という声に変えたり、ゆっくり自分の体の声を聞くintentionでYOGA ASANAプラクティスをしたり、瞑想をする時間を持ったりすると自分への愛情を注いでいるような感じがする。

人と話しているときも「私バカだから」とか「どうしようもないから」みたいな言い方も言わないようにするだけでも全然違う。

こんな風に自分に愛情を注いだのは生まれて初めてなような気がする。

この前本を読んでいるときにこのQUOTEが紹介されていてすごく印象に残っている。

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「裸の人がシャツを貸してくれようとしたときは注意しろ」
自分のことも愛せない人は他の人を愛することができないから気をつけろ、といような意味。

今になって考えれば前は自分に愛情を与えてない分もヒロに愛情を求めていたし、まさに「裸の自分がヒロにシャツを渡そうとしてた」んだなぁ〜と気付かされた。

最近よく周りの人に「新しく彼氏とかつくらないの?」と聞かれるんだけど今は自分が自分の恋人なのだ!あとは犬が最高の恋人!あとはもちろん家族と友達がいれば I AM HAPPY 😆

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あしゅたんG

私がやっているdog sittingビジネスは、実際犬を預かる前に”meet and greet”といって犬そして飼い主とのお見合いみたいなのをして相性が合いそうか判断する。

この前あまり犬の扱い方が分かっていないような男性がすっご〜くかわいい子犬をつれてきて「最近離婚して寂しいから犬を初めて飼った」と言っていた。

それを聞いて私はこの前読んだHABITSについての本に書いてあったことを思い出した。人間は結婚、子供が産まれる、離婚、家族や友人の死、病気、引っ越しなどのsiginificant eventがあったあとはHABITSが変わるということ。

ヒロは私と別れてから毎朝ヨガスタジオに通ってMysoreスタイルのアシュタンガヨガをプラクティスしている。このヨガは決まったシークエンスを覚え、先生の指導のもと自分で自分の呼吸に合わせてプラクティスする。朝の6時〜8時の間だったらいつでもクラスに行って自分でプラクティスをし、終わったら勝手に帰るというクラス。

アシュタンガヨガは多くの人がプラクティスするVINYASAフローヨガの元となっているもので、最初から最後までシークエンスをしたらかなり体力を使うハードなヨガ。でも自分の呼吸に合わせてやるし、先生もほぼ話すこともないので静かな部屋で行う集中力を養うようなヨガだ。

ヒロは毎朝会社に行く前にアシュタンガヨガをプラクティスし、スタジオから会社に向かっているので夜はいつも早く寝ているそうだ。

私とヒロがまだ一緒に暮らしていたらヒロは絶対にアシュタンガヨガに毎朝行くなんてことはなかったと思う。「一人で暮らすようになって何か自分で自分のことが好きになるようなことがしたいから」とヒロは言っている。

そう考えると私のHABITSは何が変わったのかなぁ〜と考えさせられる。間違いないのは一人になってなかったらこんなdog sittingビジネスなんて始めてない。毎日犬の散歩をし、犬の面倒をみるのは私の仕事であると同時にJOYをたくさん頂ける時間だ。これは嬉しい変化だ。

でも夜は遅くまで起きているようになったし、そのせいで朝も余裕の時間があまり無い生活が私はつづいている。。。。私もこのHABITは是非変えたい。変えられる。変える!

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私の大好きな犬のうちの一匹Hobieと。

 

 

世界一美味しいチーズケーキ❤︎

本日デトックス23日目。。。マフィンが食べたい。

でも今日はチーズケーキの話をしたい。

私はうちでパーティーをするときや人の家にお呼ばれされてデザートを作るとき、必ずと言ってもいいくらい作るチーズケーキがある。何度も何度も作ったことのあるこのチーズケーキはめっちゃくちゃ美味しいのだ。一人でホールケーキを食べてしまうくらい美味しいのだ。

このチーズケーキを作る度に引っ張り出す手書きのレシピ。

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私が25歳のときに日本から両親の住んでいるオハイオ州に引っ越し1年だけ住んでいるときに「私の親友」と呼ぶくらい仲良くしていた和子さんという女性がいた。

父よりも年上で未亡人。子供2人も遠くに住んでいるから私はしょっちゅう和子さんの家に遊びに行ってはおしゃべりしたり一緒に犬の散歩をしたり和子さんが作ってくれたご飯を食べたりした。このチーズケーキを和子さんが初めて作ってくれたとき私はあまりの美味しさにおったまげ、それ以来 my favorite dessertになった。

和子さんは何度も何度もこのチーズケーキを私の為に作ってくれ、私がロサンゼルスに引っ越すと決めた時ついに作り方を教えてくれて手書きのレシピをくれた。

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2003年に私がヒロと結婚したときにはオハイオから式に出席しにきてくれて、なんとオハイオから手作りのチーズケーキを持ってきてくれた。

和子さんは3年ほど前に25年以上住んでいたアメリカから神戸に引っ越した。もともと体が弱かったんだけど最近大分悪化し、入院しているからこの前私が日本に行っているとき病院までお見舞いに行こうと思っていたらその日が結局和子さんのお葬式に出席する日となった。

“no such thing as a coincidence” だから私のオハイオ時代の親友である和子さんのお葬式に出席できたのは今回私は日本に行くべきだったんだな、と自分がいるべきところにいるんだと確信した。

4月いっぱいでデトックスが終了したら和子さんのことを想いながらチーズケーキを作って美味しく食べようと思う。Love you 和子さん❤︎

 

 

新年新感覚

明けましておめでとうございます!

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一緒に新年を迎えた3匹の犬。Java, Hobie, and Jeffrey

2017年の私のIntentionは。。。「新感覚」を楽しむこと。

真新しい経験をするのはもちろんだけど、普段からしている行為や経験でももう一段階深いレベルで感じるような、同じ経験なんだけどちょっと違う角度から感じてみたりするような「新感覚」を今年はどんどん感じて経験したい!!!と思っている。

早速今年は多分生まれて初めて新年を「一人」で迎えた。今までは何かしら家族や友人などの人間と新年を迎えていたけど今年は犬3匹と外のパティオに出て星空を見上げながら犬たちに “Happy New Year!!!” と叫んで犬1匹ずつにhug & kissをした。

お正月の朝にはYogaworks Southbayというヨガスタジオでスペシャルに90分の陰ヨガクラスを教えた。これも新経験!!

ヨガのプラクティスで体を動かしているときも同じポーズや同じ体の部位をストレッチしていたとしてもほんとちょっと体の角度を変えてみたり、自分がどこに集中しているかを変えるだけで「新感覚」を感じることができる。

2017年、一日一回か一個は新経験、新感覚を楽しむ!のが目標です。

今年のテーマ曲↓

小さな親切は大きなハピネス

つい数日前に仲良し友人と会話しているとき、彼女が最近イタリア旅行中に困っているときに出会ったとっても親切なイタリア人男性の話を聞いて私たち2人でウルウル😢 した。

彼女はそのイタリア人男性の名前も聞かなかったから改めてお礼をすることもできないということで、そういう親切は “pay it forward” 恩送りするのが大切だねと話をした。

こういう毎日の小さな親切を受けたり送るのは幸せの秘訣だと思う。

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つい先日いつものように犬の散歩をしていた。この犬は体が重いから散歩嫌いでなんとか工夫して散歩させようと思い、毎日家から離れた公園まで車で運んで散歩すると歩くということを発見した。

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それでもたまにこの犬Bentlyはとつぜんだら〜んと歩道に横になり、一切歩かなくなってしまうことがある。

この前もBentlyが動かなくなっているから私ともう1匹の犬でじ〜っと待っているとすぐそこにある教会から出てきた家族が「疲れちゃったんだね〜」と話しかけてきて、私が「車がすぐそこにあるのにもう歩きたくないみたい」と言うと「持っててあげるから車をとってきたら?」と親切にしてくれた。

小さな親切だけどこういう親切心が私をとてもハッピー😊 にする。

そしてこういう親切心を人に送るのもハッピー😊 になる秘訣だ。

ドアを開けたときに後ろに人がいたらドアを持っていてあげたり、運転していて横から入ろうとしている車がいたら待ってあげたり、迷っている人がいたら道を教えたり、と誰でもできるような小さな親切。

こういう小さな親切が実は大きなHAPPINESSになるのだ、とイタリア旅行帰りの友人と話しながら改めて思った。

一時静止

ヨガは8つに枝分かれしていて7つ目の枝はDhyana (瞑想)だ。

私は今までon and offで瞑想をプラクティスしていて継続したプラクティスではない。

陰ヨガ先生ポール・グリリーのトレーニングに行くと毎朝30分瞑想をする。5月に行ったときも3週間近く毎朝瞑想をしているときに改めて私の頭の中は落ち着きがないということに改めて気づいた。呼吸に集中しているつもりが「はっ」と気付くと全く関係無いことを考えていて、いつから別世界にいってしまっていたのかすら分からないことが多々あった。

そこでまた「何やってるんだ私は〜!」と自分を頭の中で痛めつけると更に頭の中がCRAZYになってしまう。。。

それでも不思議と瞑想を毎朝つづけていると気持ちが落ち着いていくのが分かる。効果や効果のタイミングは人それぞれだと思うけど瞑想したからって突然スッキリ〜!ってわけではなく、つづけることによって微妙に効果をすこ〜〜〜〜〜〜しずつ感じる。

「陰ヨガトレーニングから帰っても瞑想をつづけるぞっ!」と気合を入れていたのに結局続かず。。。

なので自分にチャレンジをして100日間つづけて最低10分は瞑想する!!ことにした。

今日で24日目になる。

ヨガのクラスで何を教えるか計画を立ててたり、今日はどの犬が遊びに来るんだっけと考えていたり、と頭の中は相変わらずごちゃごちゃしている日があるけど、そのごちゃごちゃ感を一時静止して気付くことに意義あり、と感じる。

なぜなら頭の中がごちゃごちゃしている、と気付くということはごちゃごちゃしていない何かが自分の中にあり、そのpeacefulな部分がごちゃごちゃに気づいてくれているから。
ごちゃごちゃに気づかなかったらごちゃごちゃがないのかもしれないし、もしかしてごちゃごちゃの中に埋まれていて気づいていないのかもしれない。

説明がごちゃごちゃで分かりにくいと思うけど、瞑想つづけていきます。

 

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