和気あいあいリトリートでした

先週末は友人と初のヨガリトリートを3泊で開催した。

ロサンゼルスから北に4時間ほど運転するSanta Margaritaという地にあるOak Creek Ranchという場所を借りたんだけど、大〜きな家にたくさん部屋があり、少しだけ離れた場所にプールとヨガスタジオがあり、見渡す限りな〜〜〜〜んにもない大自然に囲まれたところ。

従業員もいなく、1日に1回食事を頼んだシェフと雇ったマッサージセラピストが来ただけで、それ以外はずっと私たちヨガリトリート参加者のみだからなんか大きなSlumber Partyみたいな感じがした。

朝は友人ヨガティーチャーのStacieが2時間体を動かすYang Yogaを教え、夕方には私が2時間あまり動きのないリラックスの練習する陰ヨガを教えた。

FullSizeRender

「ヨガリトリート」といっても色んな内容のものがあるけれど、私たちのリトリートでは近くのワイナリーがwine tastingを行いにきてくれたり、参加者の一人が編み物のプロだから編み物を教えてくれたり、ハイキングに行ったり、とゆっくりし、とにかくアットホームな感じのリトリートで自分で言うのもなんだけどすっごく楽しいヨガリトリートだった!!!

22008276_10213787169010469_5640312088926296882_n

ヨガ以外にリトリートの場所やご飯がリトリートの「成功」を多少左右するのかもしれないけど、今回私たちのヨガリトリートが「成功」したのはリトリートの参加者たちが大きな理由だと私は思った。

参加者全員がとてもeasy goingでgood energyな人たちで初めて会う人たちばかりなのに皆が和気あいあいと楽しんでいて私もその輪に入って思いっきり楽しんだ。

そしてもともとこのリトリートを「やらない?」と誘ってくれた友人のStacieがまたこのgood vibesな人たちを引き寄せた大きな原因だ。Stacie本人はすごくしっかりしているんだけどとてもeasy goingでヨガに関してはとても勉強熱心でpassionateな先生。とってもひょうきんで毒舌なときもあるんだけどハートが愛情でたくさんな素敵な女性。

リトリート参加者の多くは彼女の友人や生徒だったのでやっぱりStacieのような人に惹かれて出席するような人たちだからこんなに良い感じだったんだなぁ〜と帰ってきてからしみじみ思ったのだ。

幸いにも出席者の多くが「来年も出席したい〜!」と言ってくれているので早速計画を始めるところ。どう?来年は出席しませんか?

 

Advertisements

なんのためのルール?

この世の中いろんな RULES 「規則」がある。。。

この世の中、国、学校、団体、などでなるべく平和にまとまりを保つためにもちろんルールは必要なのは分かるのだが、たまに「なんのためのルール?」と疑問に思うことがある。そしてなんでもルールをそのまま飲み込まずに「なんのため?」と疑問に思うことは私は良いことだ、と思う。

むか〜しの話だが、中学・高校と日本で学校に通っているときダンス部に入ったとき先輩に「中学生はレッグウォーマーやベルトはしちゃいけない」というルールを聞いたとき私は心の中で “What?!?! Why?!?!”と全然意味が分からなかったのをよく覚えている。

んが、またこれ日本の学校に通い始めるまで知らなかったルールで「ひとつでも学年が上だと先輩だから話し方や対応を変えて言うことを聞かないといけない」というのを学び、言われた通りのルールを守った。

またよく覚えている思い出は、高校生のときに仲良し組4人と電車で学校に向かっている時に知り合いの男の子がいて話していたらたまたま同じ電車に学校の先生が乗っていて電車を降りたら「電車の中でうるさく話しすぎだ」と叱られた。

学校に着くと再度私たち4人が呼び出され「あの男の子は誰の友達だ?」と聞かれたり「明日から4人一緒に通学してはいけない」と全然意味の分からないルールを言われ、さすがに私はカーーーッと怒りがmaxに到達し、「なんでせっかく仲良い友達ができたのに一緒に通学すらできないんですか!!!」と泣きながら反抗したのをよく覚えている。そして校則という「ルール」をひたすら破りまくった反抗期が私の高校時代だった。

「ルール」があるとまとめやすい。でもなんのためのルールなのか?必要なルールなのか?を考える必要があると思う。

ヨガアーサナ(ヨガポーズ)を行うことにおいてもたくさん「ルール」がある。「人差し指が前を指すように手をマットに置く」とか「腕を肩から外旋するように」とか「膝は足首の真上に」などなど。。。

昔はこれらの「ルール」を守らないとまるで危険であるかのようにしっかりルールを守ってヨガをプラクティスしていた。んが、そんな私がまたルールを反抗するようになったのはPaul Grilleyに出会ってから。

Paulが一体これらのヨガアライメントの「ルール」はなんのためなのか?と疑問を持つように教えてくれた。そしてこれらの「ルール」を反抗して違う動き方をすると一体どういう体の感覚があるのか?「ルール」を守っているときと守っていないときの違いはなんなのか?実は「ルール」を守らずに動いてみると新しい発見があったり、自分や自分の体についてもっと学ぶことができたりすることに気づかせてくれた。

そしてルール反抗好き?な私はこういうプラクティスをするようにしてからのほうがヨガプラクティスが楽しくなった。

笑ったのは、この前久しぶりにアライメントに厳しい先生のクラスを受けに行ってVirabhadrasana II (戦士2のポーズ)を真面目に言われた通りにやっているつもりだったら、どうやら前の足が外旋しすぎていたみたいで先生に直され、”I rarely have to correct people to do less external rotation. You must be a rebel”と言われた。

やっぱり私は根っからREBELっ気があるみたい😁

104-quotes-on-making-big-ideas-real-38-638

正直なヨガプラクティス

1ヶ月以上前から宿泊ゲストがつづいて忙しい日々を過ごしたと思ったら、と〜っても楽しみにしていたPaul and Suzee Grilleyのヨガトレーニングに行く日がやってきた!!!

今回の内容はヨガ経典 Bhagavad Gitaを勉強しに行くため。。。なんだけど私は内容ははっきり言ってなんでもいいのだ😁

と言ったら言い過ぎかもしれないけど、とにかくPaul and Suzeeのもとで勉強&プラクティスしたい!という目的が最大のひとつ。

あとは日常生活から、ヨガティーチングから離れ、ひたすら生徒として先生と他参加者からinspirationを得たり、周りの自然に元気をもらう目的がもうひとつ。

あとは5年前に初めてPaul and Suzeeのトレーニングを受けに行った時にルームメイトになってから大の仲良しになったJeeという友人と再会して時間をすごすのが目的のもうひとつ。

gitawjee
仲良し友人Jeeと一緒に

一番最初は「陰ヨガを勉強するため」に受け始めたPaul and Suzeeのトレーニングも今となっては自分の心身の健康に必要な時間となった。

Paul and Suzeeに話すときは何故か緊張してしまう自分がいるんだけど、今回は最後の日にしっかりと2人に感謝の気持ちを伝えた。

何よりも感謝しているのは2人の教えによって自分のヨガプラクティスがとても正直なものになったこと。型にはまったプラクティスではなく、自分が生まれ持ったすばらしい体の知識にコネクトするプラクティスを教えてくれた2人のおかげで自分のヨガプラクティスがとても深いものになり、2人に出会う前のプラクティスとは全然違うものになった。

自分と「正直な時間」を持つヨガプラクティスになってから、教え方ももっと正直になったと思うし、日常生活でももっと正直な人になっていっていくのが分かる。

そして正直になればなるほど心身共にリラックス度が深まっていく。

5年前のあのとき、何故かふとした勢いでこの2人のヨガトレーニングに参加することにして本当に良かった。。。

Paulがいつも言うように “every body is different” だから好みやresonateするものや人も人それぞれ。。。

私はたまたまPaul and Suzeeの人柄、教え方、教えている内容、など全てが心の底に響くのだ。だから彼らに頂いた教えを自分風に教え、それに共鳴してくれる人が一人でもいたら嬉しいと思う。

http://www.paulgrilley.com/

 

他人の靴を履く練習

マッサージ学校に通ったときにすごく印象に残ったexerciseがある。2人のパートナーになり、一人が普通に歩いているのをパートナーの人がすぐ後ろをついて歩き、前を歩いている人と全く同じ歩き方を真似する。その人の姿勢、歩幅、ペース、全てを真似し、自分がどういう気分になるか観察する。

お互いにこのexerciseしたあとに、パートナーの歩き方を真似してどういう気分になったか、なにをobserveしたかを発表する。これは決して「相手がこういう人だ」と決め付けているわけではなくてあくまでも「自分がこういう気分になった」ということで発表するのが大切なのだ。

「元気が出た」とか「気分が落ちた」とか「自信を持っている感じがした」などなど。。。

英語で “Before you judge a man, walk a mile in someone else’s shoes”という表現がある。それは「人を自分の観点から決めつける前に相手の立場になって考えてみよう」という意味。

私はマッサージスクールでこのexerciseをしたときになんかすごく感動した。たったの数歩だけど前を歩いているパートナーの歩き方を真似すると当たり前のことなんだけど「あぁ、この人にはこの人独特の過去や人生があり、こういう歩き方になってるんだぁ」と感慨深いものがあった。

ヨガを教えているときも実際同じようにヨガポーズをするわけじゃないけど、「あの人の体にするっと入って同じようにヨガポーズをしたらどんな感じなんだろう?」と頭の中で疑問に思ったり想像することが多々ある。

もちろん完全に相手の立場になることなんてできない。でも想像をするだけでもcompassionateな気持ちになる。

人間それぞれ色んな育ち方、環境、生まれ持った独特の個性があって今に至っている。

これをマッサージスクールやヨガクラスだけじゃなくて日常生活でもpracticeできるようにしていきたい、と思う。

shoes
私の場合ShoesじゃなくてSlippersでした

 

勝手にブッククラブ開始

本って素晴らしい。私はデジタルやオーディオより実際本を手に取って読むのが大好き。私の脳みそは情報をプロセスするのに時間がかかるから文章を読んでは「ん?どう意味だ?」ともう一回読んだり、深い文章を読んだあとは脳みそに染み込ませる時間が必要で、感動したり覚えておきたい文章をハイライトするのも大好き。

美味しかったレストランを人にオススメしたくなるのと一緒で、感動した本は人に紹介したくなる。だから勝手に一人ブッククラブをここで始めることにした。

一冊目は私の大好きなヨガ本であり何度も読み返して全ページhighlightしてあるくらいの

ドナ・ファーリ
“Bringing Yoga to Life ~ The everyday practice of Enlightened Living” 

41l6hQoyFZL

ヨガのモチベーションが落ちたときにインスピレーションをもらう為に私が読む本。

3つのパートに別れていてパート1は”Coming Home”という題材。直訳すると「家に帰る」って意味だけどここでの「帰る場所」は「自分」もしくは「自分の体」。

DF

Donnaは最初のチャプター”We Begin Here”で何故ヨガをプラクティスするのか、を説明して「ヨガをプラクィスしたい!!」という気持ちに(私を)させてくれる。(以下にいくつか私の勝手な意訳でリストします)

どんな過去があろうとどんな自滅的行動をしている、もしくはしたことがある人でも日々のヨガプラクティスで自分が生まれ持った「良さ」に気づき、周りの存在の「良さ」にも気づくことができる。そして真の自分がどういう人なのか再認識することによって周りの存在との真のコネクション(つながり)を経験することができる。このコネクション(つながり)こそがヨガの中心(全て)なのだ。

No matter who we are of how long we have been entrenched in self-defeating behaviors, through daily Yoga practice we can become present to our own fundamental goodness and the goodness of others. Rediscovering who we really are at our core opens the way to experiencing our most basic level of connection with others. This connectedness lies at the heart of the practice called Yoga.

ヨガを真剣に、入念に、持続してプラクティスすれば誰でも落ち着きを持ち、ハッピーそして自由な気持ちになることができる。

What Yoga does promise is that through sincere, skillful, and consistent practice, anyone can become peaceful, happy, and free.

自分の考え方や行動に制限されてしまっているような人はヨガのプラクティスによって解放されることができる。

Anyone who has the intention to break through self-limiting and self-immobilizing thoughts and behaviors can and will find freedom through this practice.

人生に対して楽な気持ちを覚え始め、あらゆる変化に対しての柔軟性を持ち始める。新なるバイタリティーと鮮明さを経験し、それが家庭、仕事、そして世での関係に影響を持ち始める。

You start to feel a sense of ease with life, and you feel more able to adapt to change. You experience a new vitality and clarity that affect your relationship at home, at work, and in the world.

ヨガの動きやポーズをプラクテイスすることによって体に蓄積したストレスや緊張感を解放し、体の感覚が研ぎ澄まされ、体が敏感であると共に強くあり、変化に対応できるようになる。同時に私たちが生まれ持った呼吸のリズムと体の能力の関係を再認識する。

Through the practice of postures we release pent-up tensions that have accumulated in our body, and we further refine our physical senses so that we become sensitive, adaptive, and resilient. Simultaneously, we reacquaint ourselves with the cyclic nature of our breath and its relationship to the sensate wisdom of our body.

私が同感、感動した箇所を紹介したら長〜〜〜〜くなってしまうのでこれくらいにしておく。でもこれを読んで少しでもヨガのプラクティスへのモチベーションがアップすればいいなぁと思う。

この最初の章でDonnaが伝えようとしているのはヨガは「誰でも」プラクティスできるものであり、プラクティスする理由は決して目に見えるようなものを手に入れるためではないということ。

ヨガをプラクティスすると人生が突然ハッピーなことばかりになるわけではなく、上下する波を乗るサーファーのように人生の盛衰を逆らわないようになるということ。
“like a surfer out on the ocean swell, we start to align ourselves with the ebb and flow of  life rather than fight with it.”

そして体の動き、呼吸の行き来、人生の盛衰の背景には常に静寂があり、それにコネクトすることがヨガの経験なのだ。
“Gradually we begin to recognize that in between the ups and downs and the coming and going, there is a matrix of stillness that is the backdrop of all phenomena.

最後に、Donnaはこの本はヨガを通して超人的な技を得る方法などではなくて、日常生活で活用できることを紹介していき、ヨガを通して親切心と思いやりを持って生活していけるようになるのが目的でこの本を書いたと言っている。そして読者のみんながHOMEに帰ることができますように、と。
“The focus of this book is not on enlightenment as a means to transcendence, but as “enlightened everyday living.” I welcome you into the sacred science, art, and practice of Yoga. May your practice bring you home.”

 

Part 1: Coming Home  の第2章 Motivation: What Brings Us to This Moment?はまた次回!

 

ミニマリズムに影響されて

Netflixで「ミニマリズム」というドキュメンタリーを見た。

maxresdefault

大企業で働いてたくさんお金を稼ぎ、良いモノをたくさん集め、いわゆる世間一般で言う「成功」をしたのに「幸せ」を感じることができなかった JoshuaとRyanという男性2人を中心に「本当に大切なモノは何か」を考えさせらえるドキュメンタリー。

彼ら2人は高収入の仕事を辞め、「ミニマリズム」をpromoteするために小さなバッグひとつに持ち物を入れて全国をツアーする。

どんどんモノが増え、モノに埋もれている今の時代、実際私たちはもっとハッピーになっているのか?モノを買うために、良いライフスタイルをするために本当に大切な経験やコネクションを失ってしまっているのじゃないか?という問いかけをし、考えさせらる。

この2人が全国ツアーをしているときに数名しか彼らのトークを聞きに来てくれなかったとしてもpassionを持って話し、参加者をhugし、正直な笑顔を見せる彼らがとっても素敵に見えた。

モノだけじゃなくて「過度の刺激」が多い今の世の中では “less is more”が必要なプラクティスであり、私はこのドキュメンタリーを見て「陰ヨガは体のミニマリズム」だな、と思った。

ヨガASANAをプラクティスしているときも「過度の刺激」を求めることがある。強いストレッッチの感覚を求めたり、だらだら汗をかくことを求めたり、音楽がないと物足りなかったり。

陰ヨガでは脱力することによってストレッチするから多くの場合筋力を使ったときのような「強い刺激」ではないことが多い。不思議と脱力すればするほどストレッチの刺激感覚が強くなることはあるけれども、逆に脱力すればするほど刺激感覚が弱くなっていくような感覚があるときもある。

ミニマリズムで余計なものを減らしていくのと一緒で陰ヨガでは余計な力を少しずつ減らしていく。だから私はこのドキュメンタリーを見て「陰ヨガは体のミニマリズムだ!」と更に共感した。

今月私はミニマリズムチャレンジを姉と一緒にしている。それは今月毎日ものをどんどん減らしていくこと。6月1日だったら1個、6日だったら6個、今日は12日だから12個、最後の30日は30個、とどんどん減らすものが増えていくのだ。

minimalist
12日に減らした12個のモノ

ちょっと前にコンマリに影響されて大分ものを減らしたから「これ以上減らすモノなんてない!」と思ったけど意外とあるものだ。。。

まだ12日目だけど気付いたのは「ギフト」について。人からモノをもらったり、モノをあげたり。本当にその人が必要なものならあげたいけど結局ゴミになったり、「捨てたら悪いな」と思って家の中のごちゃごちゃのひとつになるようなモノだったらあげたりするのは止めたいと思う。

その人が使うならソープやキャンドルなどの消耗品だったり食べるものがいいいのでは?あとはこのミニマリズムのブログに書いてあった通り (ミニマリストブログ)モノの代わりにexperiences (経験)をギフトするのはどうだろうか?コンサートやミュージカルのチケットだったり、一緒にご飯を食べに行ったり、美術館に行ったり、携帯を一切見ずに語る時間を持ったり、などなど。。。

私はこれからは人にマッサージをギフトするようにしようかなぁと思う。いかが?

裸の人からシャツを借りないように

この前お母さんがうちに遊びに来たときに「一人でこの家は大きいよね。寂しくないの?」と聞かれたとき即座に「全然寂しくないよ」と答えた。

んが、「寂しいときはたくさんあるけど寂しくない練習をしてきて今となっては一人の時間を大分楽しむようになった」というのが正直な答え。

夫も子供もいなくて家に一人だと本当に「自分のため」にご飯を作ったり家を掃除したりする。

YOGA ASANAのプラテクィスも一緒でクラスで先生の指導のもとではなくて家で一人でプラクティスすると本当に「自分のため」のプラクティスになる。

一人の時間が多いと自分の頭の中の「独り言」もすごく気づく。そして自分に対するnegativeな言葉に気づくと変えるようにしている。

「私って一人で寂しい人だ〜」って思う自分の頭の中の声に気付いたら「やった、一人だから自分のために自分が食べたい美味しいもの作って食べよう!」という声に変えたり、ゆっくり自分の体の声を聞くintentionでYOGA ASANAプラクティスをしたり、瞑想をする時間を持ったりすると自分への愛情を注いでいるような感じがする。

人と話しているときも「私バカだから」とか「どうしようもないから」みたいな言い方も言わないようにするだけでも全然違う。

こんな風に自分に愛情を注いだのは生まれて初めてなような気がする。

この前本を読んでいるときにこのQUOTEが紹介されていてすごく印象に残っている。

I-don-t-trust-people-who-don-t-love-themselves-and

「裸の人がシャツを貸してくれようとしたときは注意しろ」
自分のことも愛せない人は他の人を愛することができないから気をつけろ、といような意味。

今になって考えれば前は自分に愛情を与えてない分もヒロに愛情を求めていたし、まさに「裸の自分がヒロにシャツを渡そうとしてた」んだなぁ〜と気付かされた。

最近よく周りの人に「新しく彼氏とかつくらないの?」と聞かれるんだけど今は自分が自分の恋人なのだ!あとは犬が最高の恋人!あとはもちろん家族と友達がいれば I AM HAPPY 😆

mybf

ヨガ・英語の家庭教師でございます👓

はっきり言って私は小さいときから勉強が嫌いだった。もちろん学校に行って授業を受けてはいたけど家に帰ってから一人で勉強したり宿題を一生懸命した覚えってあまり無い。「いつかは日本に引っ越すんだから!」という脅しのような言葉をいつも両親に言われていたけど、一切危機感無く、せっかく日本語の家庭教師までつけてくれたのに途中で寝たりして全く勉強した覚えが無い。

そんな私が「ヨガ・英語の家庭教師」という名前を自分につけるのは自分でも笑っちゃうんだけど😆 数年前からこのアイデアが頭の中でフツフツと煮始めていてやっと行動に出てみようと思った。

まずこのアイデアが浮かんだ理由は私が住んでいるトーランスというロサンゼルス近郊は日本人が多い。日本から駐在で数年しか住まない人や家族がいれば、半永久的に住んでいる人もいる。日本人が多いからもちろん日本食レストランやマーケット、日本人のお医者さんや学校もあって日本語だけで生活しようと思えばすることができる。

それは決して悪いことじゃないんだけど、せっかく一度しかない今回の人生アメリカに住んでいるなら英語を聞いて話して、アメリカ文化に触れる機会を増やしたほうが人生もっとRICHになるんじゃないかなぁ〜〜〜と私は勝手に思うのだ。

ロサンゼルスはアメリカの中でもヨガメッカだから色んなヨガクラスやヨガイベント、ヨガティーチャーがいる。ヨガポーズを教えるときのヨガ英語は繰り返されることが多いからその「ヨガ英語」を勉強してクラスに行けばどんどん聞き取れるようになって楽しいし、ヨガクラスで出会った人とお話したりすることによって日本人のアメリカ生活が豊かになればいいなぁ〜と思う。(ボーナス効果として違う言語を習うのはボケ防止に最高らしい👍 )

それとはまた別に、「ヨガ」というと「グループヨガクラスを受けにいってヨガポーズをして汗をかいたりストレッチする」というイメージが多いけど、それは「ヨガ」という名前のケーキがあったら一切れか二切れにしか過ぎない。

ヨガのプラクティスを本当に自分の人生の一部にするには自分のユニークな体や自分の人生のニーズや必要性に合わせてCUSTOMIZEし、自分でプラクティスするのが本当に大切だと私は痛感している。自分のINNER TEACHER(自分の内にいる先生)にコネクトするのが大切だからだ。

家で勉強や宿題をしなかった幼い頃の私と一緒で多くの人が自分一人でヨガのプラクティスをすることはない。ヨガマットの上で体を動かすヨガプラクティスであろうと、瞑想や呼吸法だろうと、日常生活での自分観察や行動であろうと、自分でプラクティスするのが最初は難しいかもしれないけど効果的でREWARDINGなのだ。

そこで「ヨガ家庭教師」である私がどのようなプラクティスをすればいいのか一緒に相談しながら勉強し、教え、「ヨガ宿題」を持って帰るようなシステムにしたいと思っている。

そこでこの私の考えている「ヨガ・英語家庭教師」とはどういうものなのか?をデザートを食べてお茶を飲みながら気軽に聞きにくる説明会を6月24日(土曜日)午後3時〜4時までトーランスの我が家で行おうと思っているので少しでも興味がある人は来てください!

参加希望の人は私にE-mail してくれれば (yvee118@gmail.com)住所を教えます。この前ブログの記事に書いた世界一美味しいチーズケーキ作って待ってます❤︎

IMG_2624

 

 

あしゅたんG

私がやっているdog sittingビジネスは、実際犬を預かる前に”meet and greet”といって犬そして飼い主とのお見合いみたいなのをして相性が合いそうか判断する。

この前あまり犬の扱い方が分かっていないような男性がすっご〜くかわいい子犬をつれてきて「最近離婚して寂しいから犬を初めて飼った」と言っていた。

それを聞いて私はこの前読んだHABITSについての本に書いてあったことを思い出した。人間は結婚、子供が産まれる、離婚、家族や友人の死、病気、引っ越しなどのsiginificant eventがあったあとはHABITSが変わるということ。

ヒロは私と別れてから毎朝ヨガスタジオに通ってMysoreスタイルのアシュタンガヨガをプラクティスしている。このヨガは決まったシークエンスを覚え、先生の指導のもと自分で自分の呼吸に合わせてプラクティスする。朝の6時〜8時の間だったらいつでもクラスに行って自分でプラクティスをし、終わったら勝手に帰るというクラス。

アシュタンガヨガは多くの人がプラクティスするVINYASAフローヨガの元となっているもので、最初から最後までシークエンスをしたらかなり体力を使うハードなヨガ。でも自分の呼吸に合わせてやるし、先生もほぼ話すこともないので静かな部屋で行う集中力を養うようなヨガだ。

ヒロは毎朝会社に行く前にアシュタンガヨガをプラクティスし、スタジオから会社に向かっているので夜はいつも早く寝ているそうだ。

私とヒロがまだ一緒に暮らしていたらヒロは絶対にアシュタンガヨガに毎朝行くなんてことはなかったと思う。「一人で暮らすようになって何か自分で自分のことが好きになるようなことがしたいから」とヒロは言っている。

そう考えると私のHABITSは何が変わったのかなぁ〜と考えさせられる。間違いないのは一人になってなかったらこんなdog sittingビジネスなんて始めてない。毎日犬の散歩をし、犬の面倒をみるのは私の仕事であると同時にJOYをたくさん頂ける時間だ。これは嬉しい変化だ。

でも夜は遅くまで起きているようになったし、そのせいで朝も余裕の時間があまり無い生活が私はつづいている。。。。私もこのHABITは是非変えたい。変えられる。変える!

IMG_2288
私の大好きな犬のうちの一匹Hobieと。

 

 

スローライフしない?

先週末は友人Stacieの家に泊りに行った。ヨガを通して友人になった彼女が住む家の近くで今年の9月にリトリートを行う。リトリートの詳細や申し込みはここで!→ ヨガリトリートのウェブサイト

カリフォルニアのセントラル・コーストとよばれているこの付近はの〜んびりしていてロサンゼルスから運転しながら北上していると車の多さや建物や広告がどんどん減っていき、広〜い野原やワイン畑が見えてきて目も心も癒される。大大大好きな運転コースだ。

私は都会よりもこういう田舎でのんびりとSLOW LIFEを楽しみたいと思う。問題は仕事があまりないことだけど、私の「夢の暮らし」は田舎のRANCHで馬に乗ってたくさん動物を飼って、ヨガ小屋みたいなのを建ててそこで畑仕事をしている人たち用にヨガを教えたりできたら最高!!と思う。

さて、今回友人の家まで行ったのはあくまでも「仕事」😁

ヨガリトリート参加者たちでマッサージを受けたい人がいるかもしれないので良いマッサージ師であることを確認するためにマッサージを私が実際に受けたり、リトリートのすぐ近くにあるワイナリーで美味しいワインを飲んだり、ベイカリーで大好きなカップケーキを食べたり。。。そう、仕事です。

18556939_1349796931779017_2962102341526051863_n
入った瞬間美味しい!って分かったJust Bakedベイカリー
IMG_2346
Ancient Peaks Wineryにて。カップルみたいな私たち

たった一泊ではあったがStacieの素敵な家で夕焼けを見ながらワインを飲み、素敵なダンナ様が美味しい夕食を作ってくれ、夜中過ぎまで静かなベランダで音楽を聞きながらワインを飲み続けたのだ。

IMG_2339
Stacie の家のベランダ。向こう側はゴルフコース

一泊だけでもこういうスローライフを楽しむと心が穏やかになって帰って来れるような気がする。9月に3泊のスローライフを楽しむためにヨガリトリート参加しませんか???

↓ これは私が大好きな “SLOW LIFE”という曲。