なんのためのルール?

この世の中いろんな RULES 「規則」がある。。。

この世の中、国、学校、団体、などでなるべく平和にまとまりを保つためにもちろんルールは必要なのは分かるのだが、たまに「なんのためのルール?」と疑問に思うことがある。そしてなんでもルールをそのまま飲み込まずに「なんのため?」と疑問に思うことは私は良いことだ、と思う。

むか〜しの話だが、中学・高校と日本で学校に通っているときダンス部に入ったとき先輩に「中学生はレッグウォーマーやベルトはしちゃいけない」というルールを聞いたとき私は心の中で “What?!?! Why?!?!”と全然意味が分からなかったのをよく覚えている。

んが、またこれ日本の学校に通い始めるまで知らなかったルールで「ひとつでも学年が上だと先輩だから話し方や対応を変えて言うことを聞かないといけない」というのを学び、言われた通りのルールを守った。

またよく覚えている思い出は、高校生のときに仲良し組4人と電車で学校に向かっている時に知り合いの男の子がいて話していたらたまたま同じ電車に学校の先生が乗っていて電車を降りたら「電車の中でうるさく話しすぎだ」と叱られた。

学校に着くと再度私たち4人が呼び出され「あの男の子は誰の友達だ?」と聞かれたり「明日から4人一緒に通学してはいけない」と全然意味の分からないルールを言われ、さすがに私はカーーーッと怒りがmaxに到達し、「なんでせっかく仲良い友達ができたのに一緒に通学すらできないんですか!!!」と泣きながら反抗したのをよく覚えている。そして校則という「ルール」をひたすら破りまくった反抗期が私の高校時代だった。

「ルール」があるとまとめやすい。でもなんのためのルールなのか?必要なルールなのか?を考える必要があると思う。

ヨガアーサナ(ヨガポーズ)を行うことにおいてもたくさん「ルール」がある。「人差し指が前を指すように手をマットに置く」とか「腕を肩から外旋するように」とか「膝は足首の真上に」などなど。。。

昔はこれらの「ルール」を守らないとまるで危険であるかのようにしっかりルールを守ってヨガをプラクティスしていた。んが、そんな私がまたルールを反抗するようになったのはPaul Grilleyに出会ってから。

Paulが一体これらのヨガアライメントの「ルール」はなんのためなのか?と疑問を持つように教えてくれた。そしてこれらの「ルール」を反抗して違う動き方をすると一体どういう体の感覚があるのか?「ルール」を守っているときと守っていないときの違いはなんなのか?実は「ルール」を守らずに動いてみると新しい発見があったり、自分や自分の体についてもっと学ぶことができたりすることに気づかせてくれた。

そしてルール反抗好き?な私はこういうプラクティスをするようにしてからのほうがヨガプラクティスが楽しくなった。

笑ったのは、この前久しぶりにアライメントに厳しい先生のクラスを受けに行ってVirabhadrasana II (戦士2のポーズ)を真面目に言われた通りにやっているつもりだったら、どうやら前の足が外旋しすぎていたみたいで先生に直され、”I rarely have to correct people to do less external rotation. You must be a rebel”と言われた。

やっぱり私は根っからREBELっ気があるみたい😁

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パッと決めた決断

8年ほど教えていたヨガクラスを最近やめた。

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昔このヨガワークススタジオのフロントデスクで「ただでヨガクラスを受ける」のが目的で働いていた頃に、「週に2回朝の6時15分スタートのクラスを教えないか?」と誘われたのを未だによく覚えている。

その頃は300時間のティーチャートレーニングを終えてからそんなに時間が経ってなく、既に違う場所でヨガを教えていたけど、ヨガワークスは大きくてきれいなヨガスタジオでたくさんの生徒が出入りするところだから緊張する気持ちがありながらもオッケーした。

教え始めたころはもちろんだけど、そのあとも数年は緊張したり、自分の教え方がうまくいかなくて落ち込んだりして、クラスが終わったあとはドッと疲れがでたり、教える前日は落ち着かない日々が多かった。

今になって考えるとその頃は自分のことで精一杯でクラスに来ている人たちをしっかり見ていなかったなぁ、と思う。

このクラスに来る人たちは仕事が始まる前に来る人や子供の世話を始める前の母親が多く、かなりレギュラーな人たちだから毎週のように会うのが楽しかった。

こんな長年教えつづけたクラスをやめるのは大きな決断なような気がするんだけど、何故か私は大きな決断をパッとintuitionで決めることが多い。。。そしてこのクラスを教えているときも常に “listen to your intuition”と教えていたので I have to practice what I preach.

このクラスの前日は夜のクラスを教えていて次の日早朝に起きるのはちょっと辛い、とか陰ヨガを教えるのにもっと集中したい、と考えるとそれなりに「理由」はあるのだが、何よりもの理由は「フィーリング」「直観」だった。

今までの人生でこのフィーリングを聞いて後悔したことはないので今回もハッと気づくてスタジオに「やめたい」という連絡をしていた。

毎週のようにクラスで会っていた人たちと会えなくなってしまったのは寂しいが、やっぱり「やめてよかった」という気持ちが大きい。これまた理由は分からないけどこのクラスをやめてspaceをつくったことによってまた違うopportunityが現れるような気がしている。

“The only thing constant in life is change”
「人生で唯一不変なのは変化が常に起きているということだ」

正直なヨガプラクティス

1ヶ月以上前から宿泊ゲストがつづいて忙しい日々を過ごしたと思ったら、と〜っても楽しみにしていたPaul and Suzee Grilleyのヨガトレーニングに行く日がやってきた!!!

今回の内容はヨガ経典 Bhagavad Gitaを勉強しに行くため。。。なんだけど私は内容ははっきり言ってなんでもいいのだ😁

と言ったら言い過ぎかもしれないけど、とにかくPaul and Suzeeのもとで勉強&プラクティスしたい!という目的が最大のひとつ。

あとは日常生活から、ヨガティーチングから離れ、ひたすら生徒として先生と他参加者からinspirationを得たり、周りの自然に元気をもらう目的がもうひとつ。

あとは5年前に初めてPaul and Suzeeのトレーニングを受けに行った時にルームメイトになってから大の仲良しになったJeeという友人と再会して時間をすごすのが目的のもうひとつ。

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仲良し友人Jeeと一緒に

一番最初は「陰ヨガを勉強するため」に受け始めたPaul and Suzeeのトレーニングも今となっては自分の心身の健康に必要な時間となった。

Paul and Suzeeに話すときは何故か緊張してしまう自分がいるんだけど、今回は最後の日にしっかりと2人に感謝の気持ちを伝えた。

何よりも感謝しているのは2人の教えによって自分のヨガプラクティスがとても正直なものになったこと。型にはまったプラクティスではなく、自分が生まれ持ったすばらしい体の知識にコネクトするプラクティスを教えてくれた2人のおかげで自分のヨガプラクティスがとても深いものになり、2人に出会う前のプラクティスとは全然違うものになった。

自分と「正直な時間」を持つヨガプラクティスになってから、教え方ももっと正直になったと思うし、日常生活でももっと正直な人になっていっていくのが分かる。

そして正直になればなるほど心身共にリラックス度が深まっていく。

5年前のあのとき、何故かふとした勢いでこの2人のヨガトレーニングに参加することにして本当に良かった。。。

Paulがいつも言うように “every body is different” だから好みやresonateするものや人も人それぞれ。。。

私はたまたまPaul and Suzeeの人柄、教え方、教えている内容、など全てが心の底に響くのだ。だから彼らに頂いた教えを自分風に教え、それに共鳴してくれる人が一人でもいたら嬉しいと思う。

http://www.paulgrilley.com/

 

他人の靴を履く練習

マッサージ学校に通ったときにすごく印象に残ったexerciseがある。2人のパートナーになり、一人が普通に歩いているのをパートナーの人がすぐ後ろをついて歩き、前を歩いている人と全く同じ歩き方を真似する。その人の姿勢、歩幅、ペース、全てを真似し、自分がどういう気分になるか観察する。

お互いにこのexerciseしたあとに、パートナーの歩き方を真似してどういう気分になったか、なにをobserveしたかを発表する。これは決して「相手がこういう人だ」と決め付けているわけではなくてあくまでも「自分がこういう気分になった」ということで発表するのが大切なのだ。

「元気が出た」とか「気分が落ちた」とか「自信を持っている感じがした」などなど。。。

英語で “Before you judge a man, walk a mile in someone else’s shoes”という表現がある。それは「人を自分の観点から決めつける前に相手の立場になって考えてみよう」という意味。

私はマッサージスクールでこのexerciseをしたときになんかすごく感動した。たったの数歩だけど前を歩いているパートナーの歩き方を真似すると当たり前のことなんだけど「あぁ、この人にはこの人独特の過去や人生があり、こういう歩き方になってるんだぁ」と感慨深いものがあった。

ヨガを教えているときも実際同じようにヨガポーズをするわけじゃないけど、「あの人の体にするっと入って同じようにヨガポーズをしたらどんな感じなんだろう?」と頭の中で疑問に思ったり想像することが多々ある。

もちろん完全に相手の立場になることなんてできない。でも想像をするだけでもcompassionateな気持ちになる。

人間それぞれ色んな育ち方、環境、生まれ持った独特の個性があって今に至っている。

これをマッサージスクールやヨガクラスだけじゃなくて日常生活でもpracticeできるようにしていきたい、と思う。

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私の場合ShoesじゃなくてSlippersでした

 

勝手にブッククラブ開始

本って素晴らしい。私はデジタルやオーディオより実際本を手に取って読むのが大好き。私の脳みそは情報をプロセスするのに時間がかかるから文章を読んでは「ん?どう意味だ?」ともう一回読んだり、深い文章を読んだあとは脳みそに染み込ませる時間が必要で、感動したり覚えておきたい文章をハイライトするのも大好き。

美味しかったレストランを人にオススメしたくなるのと一緒で、感動した本は人に紹介したくなる。だから勝手に一人ブッククラブをここで始めることにした。

一冊目は私の大好きなヨガ本であり何度も読み返して全ページhighlightしてあるくらいの

ドナ・ファーリ
“Bringing Yoga to Life ~ The everyday practice of Enlightened Living” 

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ヨガのモチベーションが落ちたときにインスピレーションをもらう為に私が読む本。

3つのパートに別れていてパート1は”Coming Home”という題材。直訳すると「家に帰る」って意味だけどここでの「帰る場所」は「自分」もしくは「自分の体」。

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Donnaは最初のチャプター”We Begin Here”で何故ヨガをプラクティスするのか、を説明して「ヨガをプラクィスしたい!!」という気持ちに(私を)させてくれる。(以下にいくつか私の勝手な意訳でリストします)

どんな過去があろうとどんな自滅的行動をしている、もしくはしたことがある人でも日々のヨガプラクティスで自分が生まれ持った「良さ」に気づき、周りの存在の「良さ」にも気づくことができる。そして真の自分がどういう人なのか再認識することによって周りの存在との真のコネクション(つながり)を経験することができる。このコネクション(つながり)こそがヨガの中心(全て)なのだ。

No matter who we are of how long we have been entrenched in self-defeating behaviors, through daily Yoga practice we can become present to our own fundamental goodness and the goodness of others. Rediscovering who we really are at our core opens the way to experiencing our most basic level of connection with others. This connectedness lies at the heart of the practice called Yoga.

ヨガを真剣に、入念に、持続してプラクティスすれば誰でも落ち着きを持ち、ハッピーそして自由な気持ちになることができる。

What Yoga does promise is that through sincere, skillful, and consistent practice, anyone can become peaceful, happy, and free.

自分の考え方や行動に制限されてしまっているような人はヨガのプラクティスによって解放されることができる。

Anyone who has the intention to break through self-limiting and self-immobilizing thoughts and behaviors can and will find freedom through this practice.

人生に対して楽な気持ちを覚え始め、あらゆる変化に対しての柔軟性を持ち始める。新なるバイタリティーと鮮明さを経験し、それが家庭、仕事、そして世での関係に影響を持ち始める。

You start to feel a sense of ease with life, and you feel more able to adapt to change. You experience a new vitality and clarity that affect your relationship at home, at work, and in the world.

ヨガの動きやポーズをプラクテイスすることによって体に蓄積したストレスや緊張感を解放し、体の感覚が研ぎ澄まされ、体が敏感であると共に強くあり、変化に対応できるようになる。同時に私たちが生まれ持った呼吸のリズムと体の能力の関係を再認識する。

Through the practice of postures we release pent-up tensions that have accumulated in our body, and we further refine our physical senses so that we become sensitive, adaptive, and resilient. Simultaneously, we reacquaint ourselves with the cyclic nature of our breath and its relationship to the sensate wisdom of our body.

私が同感、感動した箇所を紹介したら長〜〜〜〜くなってしまうのでこれくらいにしておく。でもこれを読んで少しでもヨガのプラクティスへのモチベーションがアップすればいいなぁと思う。

この最初の章でDonnaが伝えようとしているのはヨガは「誰でも」プラクティスできるものであり、プラクティスする理由は決して目に見えるようなものを手に入れるためではないということ。

ヨガをプラクティスすると人生が突然ハッピーなことばかりになるわけではなく、上下する波を乗るサーファーのように人生の盛衰を逆らわないようになるということ。
“like a surfer out on the ocean swell, we start to align ourselves with the ebb and flow of  life rather than fight with it.”

そして体の動き、呼吸の行き来、人生の盛衰の背景には常に静寂があり、それにコネクトすることがヨガの経験なのだ。
“Gradually we begin to recognize that in between the ups and downs and the coming and going, there is a matrix of stillness that is the backdrop of all phenomena.

最後に、Donnaはこの本はヨガを通して超人的な技を得る方法などではなくて、日常生活で活用できることを紹介していき、ヨガを通して親切心と思いやりを持って生活していけるようになるのが目的でこの本を書いたと言っている。そして読者のみんながHOMEに帰ることができますように、と。
“The focus of this book is not on enlightenment as a means to transcendence, but as “enlightened everyday living.” I welcome you into the sacred science, art, and practice of Yoga. May your practice bring you home.”

 

Part 1: Coming Home  の第2章 Motivation: What Brings Us to This Moment?はまた次回!

 

ヨガ・英語の家庭教師でございます👓

はっきり言って私は小さいときから勉強が嫌いだった。もちろん学校に行って授業を受けてはいたけど家に帰ってから一人で勉強したり宿題を一生懸命した覚えってあまり無い。「いつかは日本に引っ越すんだから!」という脅しのような言葉をいつも両親に言われていたけど、一切危機感無く、せっかく日本語の家庭教師までつけてくれたのに途中で寝たりして全く勉強した覚えが無い。

そんな私が「ヨガ・英語の家庭教師」という名前を自分につけるのは自分でも笑っちゃうんだけど😆 数年前からこのアイデアが頭の中でフツフツと煮始めていてやっと行動に出てみようと思った。

まずこのアイデアが浮かんだ理由は私が住んでいるトーランスというロサンゼルス近郊は日本人が多い。日本から駐在で数年しか住まない人や家族がいれば、半永久的に住んでいる人もいる。日本人が多いからもちろん日本食レストランやマーケット、日本人のお医者さんや学校もあって日本語だけで生活しようと思えばすることができる。

それは決して悪いことじゃないんだけど、せっかく一度しかない今回の人生アメリカに住んでいるなら英語を聞いて話して、アメリカ文化に触れる機会を増やしたほうが人生もっとRICHになるんじゃないかなぁ〜〜〜と私は勝手に思うのだ。

ロサンゼルスはアメリカの中でもヨガメッカだから色んなヨガクラスやヨガイベント、ヨガティーチャーがいる。ヨガポーズを教えるときのヨガ英語は繰り返されることが多いからその「ヨガ英語」を勉強してクラスに行けばどんどん聞き取れるようになって楽しいし、ヨガクラスで出会った人とお話したりすることによって日本人のアメリカ生活が豊かになればいいなぁ〜と思う。(ボーナス効果として違う言語を習うのはボケ防止に最高らしい👍 )

それとはまた別に、「ヨガ」というと「グループヨガクラスを受けにいってヨガポーズをして汗をかいたりストレッチする」というイメージが多いけど、それは「ヨガ」という名前のケーキがあったら一切れか二切れにしか過ぎない。

ヨガのプラクティスを本当に自分の人生の一部にするには自分のユニークな体や自分の人生のニーズや必要性に合わせてCUSTOMIZEし、自分でプラクティスするのが本当に大切だと私は痛感している。自分のINNER TEACHER(自分の内にいる先生)にコネクトするのが大切だからだ。

家で勉強や宿題をしなかった幼い頃の私と一緒で多くの人が自分一人でヨガのプラクティスをすることはない。ヨガマットの上で体を動かすヨガプラクティスであろうと、瞑想や呼吸法だろうと、日常生活での自分観察や行動であろうと、自分でプラクティスするのが最初は難しいかもしれないけど効果的でREWARDINGなのだ。

そこで「ヨガ家庭教師」である私がどのようなプラクティスをすればいいのか一緒に相談しながら勉強し、教え、「ヨガ宿題」を持って帰るようなシステムにしたいと思っている。

そこでこの私の考えている「ヨガ・英語家庭教師」とはどういうものなのか?をデザートを食べてお茶を飲みながら気軽に聞きにくる説明会を6月24日(土曜日)午後3時〜4時までトーランスの我が家で行おうと思っているので少しでも興味がある人は来てください!

参加希望の人は私にE-mail してくれれば (yvee118@gmail.com)住所を教えます。この前ブログの記事に書いた世界一美味しいチーズケーキ作って待ってます❤︎

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リバウンド中

ヨガリトリートから帰ってきてもうすぐ2週間経つが未だにリトリートのREBOUNDを感じている。

“REBOUND”をそのまま訳すと「跳ね返り」「反響」「回復」などの意味になる。

まだヨガを習い始めた頃に “Root and Rebound”というコンセプトを習った。
ボールを床に投げると跳ね返って空中に飛び上がるようなイメージで、床にある体の部位を地球にグッと押し付けるとその跳ね返り(リバウンド)を使って体が引き上がり体が重力に沈むのではなく重力を使って体が軽くなる感覚がある。

立ってるだけでつまらなく見えるかもしれないTadasana(山のポーズ)もだら〜んと立って体重を足に沈ませてしまうとエネルギーは下に降りてREBOUNDを感じることができない。逆に両足で地球を押すようなイメージで立つとエネルギーが全身を跳ね返るのを感じることができ、その跳ね返りは頭頂に留まらず空に昇っていく。なんとも言えない気持ち良さだ、と私は思う。

このコンセプトでREBOUNDを自分で感じたりクラスで教えていたら、数年前私の先生Paul Grilleyに出会って違うREBOUNDの意味を習った。

それはASANA(ヨガポーズ)を行ったあとまたすぐに次のポーズを行ったりせず「じわ〜〜〜〜」とポーズや動きの「余韻と効果を感じる時間」なのだ。このリバウンドは鈴を鳴らすと鳴らした瞬間だけを聴くのではなくてそのあと響き続け少しずつ消えていくまで耳を澄ませるイメージ。

体をストレッチしたり収縮しているときとそれを解いたあとの感覚は違うのだ。

このREBOUNDのコンセプトをPaulから学んでからまた私はヨガプラクティスが変わった。その理由のひとつはREBOUNDを体で感じるためには完全に受け身にならなければいけないから。何も期待せず、何も求めず、「一体どういう余韻が今現在起きているんだろう?」と興味を持ち、体と頭と心をオープンにして受け止める姿勢にならなければ感じることができない。

こういう「止まる」時間を持つことによって心が静まる効果を感じることができ、ヨガポーズをするためだけにヨガをプラクティスしているのではなく、そのポーズや動きの効果を感じるためにヨガをプラクティスしているんだ!!ということを実感することができるようになった。

そしてこれまたPaulが言っていたから「ハッ」と気付いたんだけど「何にでもREBOUNDがある」ということだ。去年Paulのトレーニングでヨガスートラを勉強するコースに参加したらあまりにも深い話で頭の上が「❓❓❓」だらけになった。そんなときにタイミング良くPaulは「勉強もヨガポーズと一緒で完璧を求めているわけではない。興味を持っていることが重要であり、集中して勉強したあとはそのREBOUNDを感じよう」と言った。

それを聞いて私は「ひょえ〜なるほど〜〜〜〜」と安心すると同時に「そうか、なんでもREBOUNDがあるんだ」と気付いた。そしてそのトレーニングから帰ってからもしばら〜くそのトレーニングで学んだ内容や経験の余韻を感じていた。

いま私はまだ2週間前に参加したヨガリトリートの余韻を感じている。リトリートにいたとき感じた静けさ、先生たちから聞いて心に響いた言葉、必要ない体と心の緊張をほぐした感覚、などが未だに自分の中に残っているのが分かる。そしてその余韻を楽しみながらリトリートでの経験を(REFLECT)振り返っている。

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私は今年の9月に私の仲良し友人でありヨガティーチャーでもあるStacie Reeveと“ROOT REBOUND REFLECT”ヨガリトリートを開催する。

興味ある人は是非このヨガリトリートのウエブサイトを見てください ⇨ hamayareeveyoga.com

 

ゆらゆらを楽しんで

ヨガでは色んな意味で「バランス」を養うポーズがある。

力強さと柔軟性のバランスだったり、息を吸う吐くのバランスだったり、右と左のバランスだったり。。。

どんな形の「バランス」であろうとパーフェクトに均等であることなんて無い。パーフェクトにしようとしているわけでもない。

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大切なのは「バランスはどうかな?」と興味を持ってバランスの様子を伺い、パーフェクトでないバランスのゆらゆらを楽しみつつもバランスを取る努力をすることだと思う。

実際バランスを取るようなヨガポーズも同じようにピシッとパーフェクトバランスが取れないから諦めたり、恥ずかしがったり、自分はダメだと決めつけたりせずに、ゆらゆら感を楽しもう!

人生いろいろ犬もいろいろ

相変わらず犬に囲まれている。「こんなに犬の世話係を探している人がいるんだ!?」とビックリするくらいこのdogvacay.comというウェブサイトに登録してから次々と問い合わせがやってくる。

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犬もいろいろだから初めてうちに来た日はその犬の性格や散歩のしかたが全く未知でドキドキ楽しみだ。

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この白い犬トーラは散歩を嫌がり道に寝転んでしまい、いざ歩き出したと思ったらすごい勢いで引っ張って本当に大変な思いをして散歩をした。それでも諦めずに毎日必ず2回散歩をしていたらそのうち楽しく散歩をするようになってくれてすごく嬉しかった。そして家に置き去りにされるのが大嫌いみたいで家に帰ってくると↓のようなことになっていることが多々。。。

でもおかげで家の中で必要じゃないものは全部片付けて壊されたりするようなものがないようにしたから家がスッキリして私はこの犬を「こんまり犬」と呼んだ。

いたずらはするし、私が行くところにどこでもついてくるストーカーのような犬だったけどとっても可愛くていざ帰ってしまったときは寂しかった。

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ある日帰ってきたら見事に私の靴をボロボロにして自慢げに待っていたのは私がこのdog sitting ビジネスを初めて最初のお客様KONAです。彼女はおてんば娘という感じの犬で一緒にいてとても楽しいんだけど喧嘩っ早いから大変。ほぼ毎週のように日中だけうちに遊びに来てくれる。

この2匹は同じ家族から2週間ほど預かった。左側の犬は老犬で目が見えないし耳も聞こえないのに散歩が大好きでノロノロと歩くんだけど調子に乗ってくると体の関節がゆるんでくるのかビックリするくらい早く歩き始める。人間と一緒で “use it or lose it”だな、と思った。
右側の犬はとってもnervousな犬で最初の2日間くらいはご飯も食べず、私が近づくと怯えていたのにそのうち私にピッタリくっついて離れなくなった。
私はこの2匹とのゆ〜っくりの〜んびり散歩タイムが大大大好きだった。

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さて、今日現在はこの2匹がうちにいる。濃い茶色の犬Bentlyは3週間もうちにいるんだけど大分太り気味。オーナーの家には4歳以下の子供が3人もいるから隠れてBentlyにご飯をあげてしまうらしい。「もう少し痩せてほしい」と言っていたからうちにいる間たくさん散歩してFITになって帰って行ってもらいたい、と思っている。

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散歩のあとバテているBently

今のところ一体何匹の犬がうちを訪問したのだろうか???20匹は間違いなく世話したと思う。

何気なく始めたこのサイドビジネスだけどほぼ毎日のように犬がいるからこの家に一人になっても寂しくないし、お世話しなきゃいけない存在がいるとなんか良い責任感がある。

ヨガのクラスに来る生徒たちを犬と一緒にするわけじゃない。でも毎日色んな体格や性格の生徒と会ったり、色んな体格や性格の犬と会ったりして、それぞれの人間や犬たちを偏見無くアプローチするのが私にとって良いヨガのプラクティスになっている。

陰ヨガパーティー💜

この前ついにプリンスの検死結果が発表され、予測されていた通り強力な鎮痛剤の過剰摂取が死因だった。長年ステージに立つ度に180%の勢いでperformしてきたプリンスの体は大分疲れと痛みで苦しんでいたようだ。プリンスのperformanceを見れば「確かに体を悪くしないわけないな」と思う。ハイヒールを履きながら高い位置から飛び降りたと思ったらそのまま開脚してすぐ戻るようなmoveはいかにもプリンス💜

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プリンスがそんなにも体の痛みで悩んでいたと聞いて私は「プリンスも昔からヨガをプラクティスしていれば。。。」と思ってしまった。もちろんヨガでなんでも治るわけではないのはわかっているし、色々な手段で治そうとしたのも分かっている。

でも私たちは体を使って色んな「作業」をする。それはやらなきゃいけないことだったり、大好きでやりたい!と思うことだったりする。どっちみち体はその「作業」をするために色んな筋肉が働いてくれたり、体のある部分は伸びたり、圧迫されたりして色んな意味で疲労が蓄積されていく。

この疲労の蓄積が少しずつ溜まりすぎないようにするには私個人的には陰ヨガが大好きだし、大のオススメだ。

今回プリンスが死んだというショッキングニュースを聞いて、小さいながらも何かプリンスにdedicateすることをしたい!と思ったので先週の土曜日うちで Purple Yin Yoga Partyを行った。

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プリンスの音楽を聴きながら(踊りたくなってしまうのでスローな曲ばかり)、皆で陰ヨガをプラクティスするというイベント。10人友人がうちのリビングルームとヨガルームでゆ〜っくりとプリンスを聴きながらリラックスする練習をするのを見ているのはなんか感動的で、最後 Purple Rainを流しながらのSavasana (最後に行うポーズ)ではウルっとした。

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暗くて何も見えないけどどこかに陰ヨガポーズ中の参加者たちがいます!

参加者からはdonationとしてお金をもらい、頂いた$125はプリンスがサポートしていた団体に寄付として送った。これが寄付先のウェブサイト ⇨ #yeswecode

これからプリンスのように鎮痛剤の過剰摂取で死ぬような人が1人でも減るように私は陰ヨガを広めていきたい!!と思う。なのでこれからもうちで楽しい陰ヨガパーティー企画をしていくので参加者募集中!!!!