和気あいあいリトリートでした

先週末は友人と初のヨガリトリートを3泊で開催した。

ロサンゼルスから北に4時間ほど運転するSanta Margaritaという地にあるOak Creek Ranchという場所を借りたんだけど、大〜きな家にたくさん部屋があり、少しだけ離れた場所にプールとヨガスタジオがあり、見渡す限りな〜〜〜〜んにもない大自然に囲まれたところ。

従業員もいなく、1日に1回食事を頼んだシェフと雇ったマッサージセラピストが来ただけで、それ以外はずっと私たちヨガリトリート参加者のみだからなんか大きなSlumber Partyみたいな感じがした。

朝は友人ヨガティーチャーのStacieが2時間体を動かすYang Yogaを教え、夕方には私が2時間あまり動きのないリラックスの練習する陰ヨガを教えた。

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「ヨガリトリート」といっても色んな内容のものがあるけれど、私たちのリトリートでは近くのワイナリーがwine tastingを行いにきてくれたり、参加者の一人が編み物のプロだから編み物を教えてくれたり、ハイキングに行ったり、とゆっくりし、とにかくアットホームな感じのリトリートで自分で言うのもなんだけどすっごく楽しいヨガリトリートだった!!!

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ヨガ以外にリトリートの場所やご飯がリトリートの「成功」を多少左右するのかもしれないけど、今回私たちのヨガリトリートが「成功」したのはリトリートの参加者たちが大きな理由だと私は思った。

参加者全員がとてもeasy goingでgood energyな人たちで初めて会う人たちばかりなのに皆が和気あいあいと楽しんでいて私もその輪に入って思いっきり楽しんだ。

そしてもともとこのリトリートを「やらない?」と誘ってくれた友人のStacieがまたこのgood vibesな人たちを引き寄せた大きな原因だ。Stacie本人はすごくしっかりしているんだけどとてもeasy goingでヨガに関してはとても勉強熱心でpassionateな先生。とってもひょうきんで毒舌なときもあるんだけどハートが愛情でたくさんな素敵な女性。

リトリート参加者の多くは彼女の友人や生徒だったのでやっぱりStacieのような人に惹かれて出席するような人たちだからこんなに良い感じだったんだなぁ〜と帰ってきてからしみじみ思ったのだ。

幸いにも出席者の多くが「来年も出席したい〜!」と言ってくれているので早速計画を始めるところ。どう?来年は出席しませんか?

 

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なんのためのルール?

この世の中いろんな RULES 「規則」がある。。。

この世の中、国、学校、団体、などでなるべく平和にまとまりを保つためにもちろんルールは必要なのは分かるのだが、たまに「なんのためのルール?」と疑問に思うことがある。そしてなんでもルールをそのまま飲み込まずに「なんのため?」と疑問に思うことは私は良いことだ、と思う。

むか〜しの話だが、中学・高校と日本で学校に通っているときダンス部に入ったとき先輩に「中学生はレッグウォーマーやベルトはしちゃいけない」というルールを聞いたとき私は心の中で “What?!?! Why?!?!”と全然意味が分からなかったのをよく覚えている。

んが、またこれ日本の学校に通い始めるまで知らなかったルールで「ひとつでも学年が上だと先輩だから話し方や対応を変えて言うことを聞かないといけない」というのを学び、言われた通りのルールを守った。

またよく覚えている思い出は、高校生のときに仲良し組4人と電車で学校に向かっている時に知り合いの男の子がいて話していたらたまたま同じ電車に学校の先生が乗っていて電車を降りたら「電車の中でうるさく話しすぎだ」と叱られた。

学校に着くと再度私たち4人が呼び出され「あの男の子は誰の友達だ?」と聞かれたり「明日から4人一緒に通学してはいけない」と全然意味の分からないルールを言われ、さすがに私はカーーーッと怒りがmaxに到達し、「なんでせっかく仲良い友達ができたのに一緒に通学すらできないんですか!!!」と泣きながら反抗したのをよく覚えている。そして校則という「ルール」をひたすら破りまくった反抗期が私の高校時代だった。

「ルール」があるとまとめやすい。でもなんのためのルールなのか?必要なルールなのか?を考える必要があると思う。

ヨガアーサナ(ヨガポーズ)を行うことにおいてもたくさん「ルール」がある。「人差し指が前を指すように手をマットに置く」とか「腕を肩から外旋するように」とか「膝は足首の真上に」などなど。。。

昔はこれらの「ルール」を守らないとまるで危険であるかのようにしっかりルールを守ってヨガをプラクティスしていた。んが、そんな私がまたルールを反抗するようになったのはPaul Grilleyに出会ってから。

Paulが一体これらのヨガアライメントの「ルール」はなんのためなのか?と疑問を持つように教えてくれた。そしてこれらの「ルール」を反抗して違う動き方をすると一体どういう体の感覚があるのか?「ルール」を守っているときと守っていないときの違いはなんなのか?実は「ルール」を守らずに動いてみると新しい発見があったり、自分や自分の体についてもっと学ぶことができたりすることに気づかせてくれた。

そしてルール反抗好き?な私はこういうプラクティスをするようにしてからのほうがヨガプラクティスが楽しくなった。

笑ったのは、この前久しぶりにアライメントに厳しい先生のクラスを受けに行ってVirabhadrasana II (戦士2のポーズ)を真面目に言われた通りにやっているつもりだったら、どうやら前の足が外旋しすぎていたみたいで先生に直され、”I rarely have to correct people to do less external rotation. You must be a rebel”と言われた。

やっぱり私は根っからREBELっ気があるみたい😁

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パッと決めた決断

8年ほど教えていたヨガクラスを最近やめた。

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昔このヨガワークススタジオのフロントデスクで「ただでヨガクラスを受ける」のが目的で働いていた頃に、「週に2回朝の6時15分スタートのクラスを教えないか?」と誘われたのを未だによく覚えている。

その頃は300時間のティーチャートレーニングを終えてからそんなに時間が経ってなく、既に違う場所でヨガを教えていたけど、ヨガワークスは大きくてきれいなヨガスタジオでたくさんの生徒が出入りするところだから緊張する気持ちがありながらもオッケーした。

教え始めたころはもちろんだけど、そのあとも数年は緊張したり、自分の教え方がうまくいかなくて落ち込んだりして、クラスが終わったあとはドッと疲れがでたり、教える前日は落ち着かない日々が多かった。

今になって考えるとその頃は自分のことで精一杯でクラスに来ている人たちをしっかり見ていなかったなぁ、と思う。

このクラスに来る人たちは仕事が始まる前に来る人や子供の世話を始める前の母親が多く、かなりレギュラーな人たちだから毎週のように会うのが楽しかった。

こんな長年教えつづけたクラスをやめるのは大きな決断なような気がするんだけど、何故か私は大きな決断をパッとintuitionで決めることが多い。。。そしてこのクラスを教えているときも常に “listen to your intuition”と教えていたので I have to practice what I preach.

このクラスの前日は夜のクラスを教えていて次の日早朝に起きるのはちょっと辛い、とか陰ヨガを教えるのにもっと集中したい、と考えるとそれなりに「理由」はあるのだが、何よりもの理由は「フィーリング」「直観」だった。

今までの人生でこのフィーリングを聞いて後悔したことはないので今回もハッと気づくてスタジオに「やめたい」という連絡をしていた。

毎週のようにクラスで会っていた人たちと会えなくなってしまったのは寂しいが、やっぱり「やめてよかった」という気持ちが大きい。これまた理由は分からないけどこのクラスをやめてspaceをつくったことによってまた違うopportunityが現れるような気がしている。

“The only thing constant in life is change”
「人生で唯一不変なのは変化が常に起きているということだ」

正直なヨガプラクティス

1ヶ月以上前から宿泊ゲストがつづいて忙しい日々を過ごしたと思ったら、と〜っても楽しみにしていたPaul and Suzee Grilleyのヨガトレーニングに行く日がやってきた!!!

今回の内容はヨガ経典 Bhagavad Gitaを勉強しに行くため。。。なんだけど私は内容ははっきり言ってなんでもいいのだ😁

と言ったら言い過ぎかもしれないけど、とにかくPaul and Suzeeのもとで勉強&プラクティスしたい!という目的が最大のひとつ。

あとは日常生活から、ヨガティーチングから離れ、ひたすら生徒として先生と他参加者からinspirationを得たり、周りの自然に元気をもらう目的がもうひとつ。

あとは5年前に初めてPaul and Suzeeのトレーニングを受けに行った時にルームメイトになってから大の仲良しになったJeeという友人と再会して時間をすごすのが目的のもうひとつ。

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仲良し友人Jeeと一緒に

一番最初は「陰ヨガを勉強するため」に受け始めたPaul and Suzeeのトレーニングも今となっては自分の心身の健康に必要な時間となった。

Paul and Suzeeに話すときは何故か緊張してしまう自分がいるんだけど、今回は最後の日にしっかりと2人に感謝の気持ちを伝えた。

何よりも感謝しているのは2人の教えによって自分のヨガプラクティスがとても正直なものになったこと。型にはまったプラクティスではなく、自分が生まれ持ったすばらしい体の知識にコネクトするプラクティスを教えてくれた2人のおかげで自分のヨガプラクティスがとても深いものになり、2人に出会う前のプラクティスとは全然違うものになった。

自分と「正直な時間」を持つヨガプラクティスになってから、教え方ももっと正直になったと思うし、日常生活でももっと正直な人になっていっていくのが分かる。

そして正直になればなるほど心身共にリラックス度が深まっていく。

5年前のあのとき、何故かふとした勢いでこの2人のヨガトレーニングに参加することにして本当に良かった。。。

Paulがいつも言うように “every body is different” だから好みやresonateするものや人も人それぞれ。。。

私はたまたまPaul and Suzeeの人柄、教え方、教えている内容、など全てが心の底に響くのだ。だから彼らに頂いた教えを自分風に教え、それに共鳴してくれる人が一人でもいたら嬉しいと思う。

http://www.paulgrilley.com/

 

ブッククラブ:心底ハッピーになるには

勝手にブッククラブ。。。引き続きドナ・ファーリの “Bringing Yoga to Life”から。。。

チャプター2“Motivation: What Brings Us to This Moment?”


私個人的には最初ヨガをプラクティスしようとモチベーションを感じた理由は単純にストレッチしたり体を動かしたりするのが気持ちよかったから。

それと同じように「痩せたい」「腰痛を治したい」「ストレス軽減のため」とモチベーションを感じる理由はいろいろある。

でもどのモチベーションにも共通していることはその理由の理由をたどれば、結局私たち人間は「ハッピーになりたい」というモチベーションでほとんど、もしくは全ての行動を起こしているとDonnaは言う。

しかし、

“While some of our attempts to grasp happiness may be noble in themselves, we find that however successful we become in our career, however impressively we sculpt our physique, and whatever possessions we manage to procure, they can give us only temporary respite from our inner yearning.”

「ハッピーになるための試みを行うものの、どんなに仕事が成功しても、自慢できるような体型になっても、あらゆるものを購入しても、それから得た満足感は一時的なものだ」

今まで「これがあればハッピーになれる。こういう自分になれば満足できる」と外から得たもの、もしくは常に変化が起きているものに満足感を得ようとしてもそれは成功しない。

“The practice of Yoga helps us connect with the part of ourselves that is always virgin and untouched: the place within us that can never  be damaged.”

「ヨガプラクティスは私たちの内にある純粋そして無変であり、一切ダメージを受けることのない部分にコネクトする手助けをしてくれる。」

このコネクションを感じることがいわゆる「ハッピー」を感じることならば多分今まで自分が想像していたような「ハッピー」とは違う「ハッピー」を求め、受け入れる必要があるんだと思う。

外から得た刺激による満足感やhappyではなくて日常生活で普段無視しがちな普通のものや瞬間に隠れている些細なのに感動するようなhappyがDonnaが説明しているような「本当のハッピー」なんだと思う。

気持ち良い風を肌に感じた瞬間や美しい星空を見上げた瞬間や自分の呼吸を意識して人間の体のミラクルさに気づいた瞬間とか。。。

“Yoga is a technology for removing the illusory veil that stands between us and the animating force of life. Time tested over centuries, it is an empirically grounded practice that meticulously prepares us to live in the full awareness and enjoyment of our divine birthright. Transcendence, lightness of being, freedom, and happiness are not things that we can attain; they are what we become and are. It is what we have always been and what we will always be.”

 

 

何故?何故?何故?ヨガ

先週の土曜日に我が家で1回目の『ヨガ勉強会』を開いた。

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何故『ヨガ勉強会』?を行うことにしたか。。。私のワガママな理由は、ヨガスタジオなどに行ってヨガを教えるとどうしてもYoga Asana(ヨガポーズ)を教えるのが主になるからもっとそれ以外の話もしたい!という理由。

あともう一つの大きな理由は教えている間は私がしゃべっているばかりでクラスに来ている人達が何を考えているのか?どういう疑問を持っているのか?何を感じているのか?もっと何を学びたいと思っているのか?などのfeedbackを聞くことができない。

クラスのあとに質問したり感想を教えてくれると私もすごく勉強になるのだ。だから「私ももっと学びたい!」というワガママな理由もあってこの『ヨガ勉強会』を開くことにした。

1回目は4名の方に参加して頂き、「何故ヨガ?」という議題でお話ししました。

アメリカでヨガクラスに行くとよく聞く言葉が INTENTION(意図)。

プラクティスを始める前に “Set an intention for your practice…” 「自分のプラクティスの意図を考え、感じましょう」と。

さてはて、自分のヨガのINTENTION(意図)って何なんだろうか?これを発見するのに良いexerciseが何度も「何故?何故?何故?」を繰り返すこと。

例えば、「何故ヨガをプラクティスしているのか、したいのか?」に対しての答えが
「体を強くそして柔軟にしたいから」だったらまた「何故体を強く柔軟にしたいのか?」の答えが「自分の体とのコネクションを強くしたいから」だったらそれに対して「何故?
「自分の体とコネクションを強くすると自信が持てるから」に対して「何故?
「自信を持つと自分らしさを引き出すことができるから」に対して「何故?
「自分らしくしていると自由な気持ちになるから」

としつこく「何故?」を繰り返し、自分独自のINTENTIONを発見してみよう!という「宿題」を今回のヨガ勉強会参加者に持ち帰ってもらいました。

Everything is always changing だからこのintentionも変わることもあるはず。でもとりあえず今の時点で私がヨガをプラクティスすることにおいては “My intention is to feel FREE”

INTENTIONはGOAL(目標)と違って今すぐ到達する(感じる)ことができる。だから自分が発見したINTENTIONが何であろうと it is already here.

私が感じたい!と思っているFREEな気持ちは既にここにあるのだ。

What is your intention???

そしてヨガ勉強会に参加したい人は連絡くださいませ!

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和子さん伝授のチーズケーキをみんなで食べました。

他人の靴を履く練習

マッサージ学校に通ったときにすごく印象に残ったexerciseがある。2人のパートナーになり、一人が普通に歩いているのをパートナーの人がすぐ後ろをついて歩き、前を歩いている人と全く同じ歩き方を真似する。その人の姿勢、歩幅、ペース、全てを真似し、自分がどういう気分になるか観察する。

お互いにこのexerciseしたあとに、パートナーの歩き方を真似してどういう気分になったか、なにをobserveしたかを発表する。これは決して「相手がこういう人だ」と決め付けているわけではなくてあくまでも「自分がこういう気分になった」ということで発表するのが大切なのだ。

「元気が出た」とか「気分が落ちた」とか「自信を持っている感じがした」などなど。。。

英語で “Before you judge a man, walk a mile in someone else’s shoes”という表現がある。それは「人を自分の観点から決めつける前に相手の立場になって考えてみよう」という意味。

私はマッサージスクールでこのexerciseをしたときになんかすごく感動した。たったの数歩だけど前を歩いているパートナーの歩き方を真似すると当たり前のことなんだけど「あぁ、この人にはこの人独特の過去や人生があり、こういう歩き方になってるんだぁ」と感慨深いものがあった。

ヨガを教えているときも実際同じようにヨガポーズをするわけじゃないけど、「あの人の体にするっと入って同じようにヨガポーズをしたらどんな感じなんだろう?」と頭の中で疑問に思ったり想像することが多々ある。

もちろん完全に相手の立場になることなんてできない。でも想像をするだけでもcompassionateな気持ちになる。

人間それぞれ色んな育ち方、環境、生まれ持った独特の個性があって今に至っている。

これをマッサージスクールやヨガクラスだけじゃなくて日常生活でもpracticeできるようにしていきたい、と思う。

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私の場合ShoesじゃなくてSlippersでした

 

勝手にブッククラブ開始

本って素晴らしい。私はデジタルやオーディオより実際本を手に取って読むのが大好き。私の脳みそは情報をプロセスするのに時間がかかるから文章を読んでは「ん?どう意味だ?」ともう一回読んだり、深い文章を読んだあとは脳みそに染み込ませる時間が必要で、感動したり覚えておきたい文章をハイライトするのも大好き。

美味しかったレストランを人にオススメしたくなるのと一緒で、感動した本は人に紹介したくなる。だから勝手に一人ブッククラブをここで始めることにした。

一冊目は私の大好きなヨガ本であり何度も読み返して全ページhighlightしてあるくらいの

ドナ・ファーリ
“Bringing Yoga to Life ~ The everyday practice of Enlightened Living” 

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ヨガのモチベーションが落ちたときにインスピレーションをもらう為に私が読む本。

3つのパートに別れていてパート1は”Coming Home”という題材。直訳すると「家に帰る」って意味だけどここでの「帰る場所」は「自分」もしくは「自分の体」。

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Donnaは最初のチャプター”We Begin Here”で何故ヨガをプラクティスするのか、を説明して「ヨガをプラクィスしたい!!」という気持ちに(私を)させてくれる。(以下にいくつか私の勝手な意訳でリストします)

どんな過去があろうとどんな自滅的行動をしている、もしくはしたことがある人でも日々のヨガプラクティスで自分が生まれ持った「良さ」に気づき、周りの存在の「良さ」にも気づくことができる。そして真の自分がどういう人なのか再認識することによって周りの存在との真のコネクション(つながり)を経験することができる。このコネクション(つながり)こそがヨガの中心(全て)なのだ。

No matter who we are of how long we have been entrenched in self-defeating behaviors, through daily Yoga practice we can become present to our own fundamental goodness and the goodness of others. Rediscovering who we really are at our core opens the way to experiencing our most basic level of connection with others. This connectedness lies at the heart of the practice called Yoga.

ヨガを真剣に、入念に、持続してプラクティスすれば誰でも落ち着きを持ち、ハッピーそして自由な気持ちになることができる。

What Yoga does promise is that through sincere, skillful, and consistent practice, anyone can become peaceful, happy, and free.

自分の考え方や行動に制限されてしまっているような人はヨガのプラクティスによって解放されることができる。

Anyone who has the intention to break through self-limiting and self-immobilizing thoughts and behaviors can and will find freedom through this practice.

人生に対して楽な気持ちを覚え始め、あらゆる変化に対しての柔軟性を持ち始める。新なるバイタリティーと鮮明さを経験し、それが家庭、仕事、そして世での関係に影響を持ち始める。

You start to feel a sense of ease with life, and you feel more able to adapt to change. You experience a new vitality and clarity that affect your relationship at home, at work, and in the world.

ヨガの動きやポーズをプラクテイスすることによって体に蓄積したストレスや緊張感を解放し、体の感覚が研ぎ澄まされ、体が敏感であると共に強くあり、変化に対応できるようになる。同時に私たちが生まれ持った呼吸のリズムと体の能力の関係を再認識する。

Through the practice of postures we release pent-up tensions that have accumulated in our body, and we further refine our physical senses so that we become sensitive, adaptive, and resilient. Simultaneously, we reacquaint ourselves with the cyclic nature of our breath and its relationship to the sensate wisdom of our body.

私が同感、感動した箇所を紹介したら長〜〜〜〜くなってしまうのでこれくらいにしておく。でもこれを読んで少しでもヨガのプラクティスへのモチベーションがアップすればいいなぁと思う。

この最初の章でDonnaが伝えようとしているのはヨガは「誰でも」プラクティスできるものであり、プラクティスする理由は決して目に見えるようなものを手に入れるためではないということ。

ヨガをプラクティスすると人生が突然ハッピーなことばかりになるわけではなく、上下する波を乗るサーファーのように人生の盛衰を逆らわないようになるということ。
“like a surfer out on the ocean swell, we start to align ourselves with the ebb and flow of  life rather than fight with it.”

そして体の動き、呼吸の行き来、人生の盛衰の背景には常に静寂があり、それにコネクトすることがヨガの経験なのだ。
“Gradually we begin to recognize that in between the ups and downs and the coming and going, there is a matrix of stillness that is the backdrop of all phenomena.

最後に、Donnaはこの本はヨガを通して超人的な技を得る方法などではなくて、日常生活で活用できることを紹介していき、ヨガを通して親切心と思いやりを持って生活していけるようになるのが目的でこの本を書いたと言っている。そして読者のみんながHOMEに帰ることができますように、と。
“The focus of this book is not on enlightenment as a means to transcendence, but as “enlightened everyday living.” I welcome you into the sacred science, art, and practice of Yoga. May your practice bring you home.”

 

Part 1: Coming Home  の第2章 Motivation: What Brings Us to This Moment?はまた次回!

 

ミニマリズムに影響されて

Netflixで「ミニマリズム」というドキュメンタリーを見た。

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大企業で働いてたくさんお金を稼ぎ、良いモノをたくさん集め、いわゆる世間一般で言う「成功」をしたのに「幸せ」を感じることができなかった JoshuaとRyanという男性2人を中心に「本当に大切なモノは何か」を考えさせらえるドキュメンタリー。

彼ら2人は高収入の仕事を辞め、「ミニマリズム」をpromoteするために小さなバッグひとつに持ち物を入れて全国をツアーする。

どんどんモノが増え、モノに埋もれている今の時代、実際私たちはもっとハッピーになっているのか?モノを買うために、良いライフスタイルをするために本当に大切な経験やコネクションを失ってしまっているのじゃないか?という問いかけをし、考えさせらる。

この2人が全国ツアーをしているときに数名しか彼らのトークを聞きに来てくれなかったとしてもpassionを持って話し、参加者をhugし、正直な笑顔を見せる彼らがとっても素敵に見えた。

モノだけじゃなくて「過度の刺激」が多い今の世の中では “less is more”が必要なプラクティスであり、私はこのドキュメンタリーを見て「陰ヨガは体のミニマリズム」だな、と思った。

ヨガASANAをプラクティスしているときも「過度の刺激」を求めることがある。強いストレッッチの感覚を求めたり、だらだら汗をかくことを求めたり、音楽がないと物足りなかったり。

陰ヨガでは脱力することによってストレッチするから多くの場合筋力を使ったときのような「強い刺激」ではないことが多い。不思議と脱力すればするほどストレッチの刺激感覚が強くなることはあるけれども、逆に脱力すればするほど刺激感覚が弱くなっていくような感覚があるときもある。

ミニマリズムで余計なものを減らしていくのと一緒で陰ヨガでは余計な力を少しずつ減らしていく。だから私はこのドキュメンタリーを見て「陰ヨガは体のミニマリズムだ!」と更に共感した。

今月私はミニマリズムチャレンジを姉と一緒にしている。それは今月毎日ものをどんどん減らしていくこと。6月1日だったら1個、6日だったら6個、今日は12日だから12個、最後の30日は30個、とどんどん減らすものが増えていくのだ。

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12日に減らした12個のモノ

ちょっと前にコンマリに影響されて大分ものを減らしたから「これ以上減らすモノなんてない!」と思ったけど意外とあるものだ。。。

まだ12日目だけど気付いたのは「ギフト」について。人からモノをもらったり、モノをあげたり。本当にその人が必要なものならあげたいけど結局ゴミになったり、「捨てたら悪いな」と思って家の中のごちゃごちゃのひとつになるようなモノだったらあげたりするのは止めたいと思う。

その人が使うならソープやキャンドルなどの消耗品だったり食べるものがいいいのでは?あとはこのミニマリズムのブログに書いてあった通り (ミニマリストブログ)モノの代わりにexperiences (経験)をギフトするのはどうだろうか?コンサートやミュージカルのチケットだったり、一緒にご飯を食べに行ったり、美術館に行ったり、携帯を一切見ずに語る時間を持ったり、などなど。。。

私はこれからは人にマッサージをギフトするようにしようかなぁと思う。いかが?

裸の人からシャツを借りないように

この前お母さんがうちに遊びに来たときに「一人でこの家は大きいよね。寂しくないの?」と聞かれたとき即座に「全然寂しくないよ」と答えた。

んが、「寂しいときはたくさんあるけど寂しくない練習をしてきて今となっては一人の時間を大分楽しむようになった」というのが正直な答え。

夫も子供もいなくて家に一人だと本当に「自分のため」にご飯を作ったり家を掃除したりする。

YOGA ASANAのプラテクィスも一緒でクラスで先生の指導のもとではなくて家で一人でプラクティスすると本当に「自分のため」のプラクティスになる。

一人の時間が多いと自分の頭の中の「独り言」もすごく気づく。そして自分に対するnegativeな言葉に気づくと変えるようにしている。

「私って一人で寂しい人だ〜」って思う自分の頭の中の声に気付いたら「やった、一人だから自分のために自分が食べたい美味しいもの作って食べよう!」という声に変えたり、ゆっくり自分の体の声を聞くintentionでYOGA ASANAプラクティスをしたり、瞑想をする時間を持ったりすると自分への愛情を注いでいるような感じがする。

人と話しているときも「私バカだから」とか「どうしようもないから」みたいな言い方も言わないようにするだけでも全然違う。

こんな風に自分に愛情を注いだのは生まれて初めてなような気がする。

この前本を読んでいるときにこのQUOTEが紹介されていてすごく印象に残っている。

I-don-t-trust-people-who-don-t-love-themselves-and

「裸の人がシャツを貸してくれようとしたときは注意しろ」
自分のことも愛せない人は他の人を愛することができないから気をつけろ、といような意味。

今になって考えれば前は自分に愛情を与えてない分もヒロに愛情を求めていたし、まさに「裸の自分がヒロにシャツを渡そうとしてた」んだなぁ〜と気付かされた。

最近よく周りの人に「新しく彼氏とかつくらないの?」と聞かれるんだけど今は自分が自分の恋人なのだ!あとは犬が最高の恋人!あとはもちろん家族と友達がいれば I AM HAPPY 😆

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